この1年で元島民111人が他界した

釧路新聞「諸感雑感」(2021年4月9日掲載)

 歯舞群島多楽島出身の元島民、東狐貢さんが今年2月に亡くなった。90歳だった。

東狐さんに初めて会ったのは十数年前のこと。千島連盟根室支部の懇親会で、東狐さんは継ぎはぎの綿入れのような着物で登場し「北国の春」を歌った。その着物が気になって、携帯カメラで写真を撮ったのを覚えている。

 ボロ布のパッチワークのような着物が「どんざ」だった。昭和の初め頃まで漁師が着た作業着である。寒さや降りかかる潮から体を守るため、端切れを何枚も重ね、刺し子にした丈夫な着物だ。

 東狐さんの祖父は1909年(明治42)に富山県から多楽島に渡り、昆布漁で生計をたてた。祖父がその「どんざ」を着て昆布採りをする姿が幼い東狐さんの記憶に焼き付いている。領土関係の催しがあると、祖父の代から100年受け継いだ一張羅の「どんざ」を着て参加するようになった。

 葬儀には、島の幼馴染も参列した。人懐こい笑顔の遺影とともに、汗と涙と昆布の香りがしみ込んだ「どんざ」が祭壇の脇に掛けられていた。それは主をなくし、どこか所在なげにも見えた。

 千島連盟が今年3月末時点でまとめた「元居住者の状況」によると、元島民は5,660人で、平均年齢は前の年より1歳上がって86歳になった。領土問題で進展がなく、コロナ禍でビザなし渡航がすべて中止となったこの1年–。元島民111人がそれぞれの思いを抱えながら、他界した。(国後島元島民2世)

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