国後島・古丹消 45人の島民を脱出させた郵便局長の話

 

釧路新聞「諸感雑感」(2021/5/4)

古丹消の郵便局長

 北方領土に関するブログを始めて2年半になる。先日、茨城県の女性からメールをいただいた。戦前、国後島の古丹消に住み着き、スキーを広めた猪谷六合雄さんのことを書いた文章の中に、おじいさんや親類の名前を見つけ、連絡をくれたのだった。古丹消の郵便局長で旅館を営んでいた、そのおじいさんが猪谷さんに移住を勧め、世話を焼いたご当人だった。

 根室支庁公文書「千島及離島ソ連軍進駐状況綴」と「北方地域総合実態調査書終戦史」に、おじいさんの証言や記録が残っており、その資料を差し上げた。

 指導的立場にあった当時の郵便局長として、ソ連軍上陸後、島民45人の集団脱出を指揮していた。1945年9月18日未明、根室の木材会社が古丹消に野積みしていた原木を持ち出すために差し向けた船に乗って、時化の中を出帆。通常の倍の12時間かかって根室に着いた。島民の郵便貯金保全のため原簿類一切を行李(こうり)に詰めて持ち出し、根室の原局に引き渡した、と資料に記録されていた。

 古丹消の小学校で遠足があると、おじいさんは早起きして山に行き、木の枝に飴やお菓子が入った包みをくくりつけてきたという。

 「子供が大好きで、お茶目な祖父でした。その祖父が島の一大事に局長として働いた事実を知り、誇らしいです。古丹消での祖父たちの人生を、島を追われた悲しみを、後世に伝えていかなければならないと、強く感じております」と、お礼のメールをいただいた。(国後島元島民2世)

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