北海道新聞夕刊まど「戦後76年」2021/8/12
落語家の三遊亭金八さん(50)=東京都=は2002年、北方領土、歯舞群島志発島出身の父、木村芳勝さん(86)=根室市=と一緒に、ビザなし渡航で同島を訪れた時のことを鮮明に覚えている。
終戦直後、旧ソ連軍の侵攻を受け、島を追われた父の初めての「帰郷」だった。島には日本人が住んでいた痕跡は何も残っていないように見えた。ぼうぜんとしていると、父は迷わず指さした。その先に自宅があったのだという。「地形も変わっているのに、父には家並みが見えている」。金八さんは驚いた。
その後も父子は5回の訪問を重ねた。そのたびに父の口から次々と思い出がこぼれ出た。家の間取り、明かりは梁にかけたランプだったこと、カレーにカニを入れて食べたこと–。「ささやかな島での暮らしぶりは、父のような元島民と島に行ける今しか聞けない」と痛感した。
終戦時1万7千人余いた元島民は高齢化が進み約5600人に減った。金八さんは9月のビザなし渡航に小3の長男も加え3世代で参加を申し込んだが、コロナ禍で中止の見通しだ。「父が元気なうちに」と一刻も早い収束を祈る。(武藤里美)
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