北方領土問題を含む日ロの平和条約締結交渉は、ロシアが交渉拒否を表明し、長期停滞が避けられない情勢となった。ロシアはウクライナ侵攻という暴挙に日本が科した制裁への報復として、元島民らが北方四島を訪れるビザなし交流と自由訪問の停止も発表。「もう島には行けないのか」「これまでの努力と思いが踏みにじられた」―。ビザなし交流が開始30年を迎える今年、元島民らは1カ月前には想像していなかった「戦争による交渉中断」という厳しい現実に打ちのめされている。(北海道新聞2022/3/23)
■「今までの努力全て否定」
「平和条約締結交渉の拒否は、今までの努力を全て否定するものだ。何度も裏切られたが、まさかこんなことになるとは」。元島民らでつくる千島歯舞諸島居住者連盟(千島連盟)根室支部の角鹿(つのか)泰司支部長代行(84)=根室市=は22日、ロシアの対応を強く批判した。「ロシアは領土交渉の打ち切りというカードが日本には一番効くと思っているのだろうが、『力による現状変更』がまかり通ったら大変なことになる。日本政府は妥協してはいけない」と訴えた。
元島民ら日本人と四島在住のロシア人が相互に訪問するビザなし交流は1992年に始まった。長く領土問題の存在さえ認めなかった旧ソ連が崩壊し、ロシアと日本が新しい関係構築に踏み出した象徴でもあった。「ロシア人島民との絆を築けてきたと思っていたが、戦争に巻き込まれてしまった」。択捉島出身の鈴木咲子さん(83)=同=は、厳しい口調で話した。
ウクライナへの侵攻は激化しており、北方領土交渉の再開は簡単ではないと思う。「心がぽきんと折れそうになる」のが本音だが、「ここで諦めたら、今までの交渉や返還運動が無駄になる。日本政府には交渉を再開できる日を粘り強く待ってほしい」と求めた。
ただ千島連盟によると、終戦時に約1万7千人いた元島民は昨年末には5532人に減り、平均年齢は86・5歳に達した。歯舞群島多楽島出身の河田弘登志副理事長(87)=同=は「島に行けるのは今年が最後だと思い、自由訪問に申し込んでいた。ビザなし渡航はコロナ禍で2年続けて中止されており、本当にがっくりきた」と嘆いた。
ロシア外務省は21日に発表した声明で、人道的観点から行われている北方領土墓参の停止には言及しなかった。実際に実施できるかは不透明だが、択捉島元島民2世の坂口久美子さん(64)=石狩市=は「ほんの少しだが救われた気持ちだ。墓参だけは政治や外交の問題とは切り離して考えてほしい」と話した。
千島連盟標津支部長の福沢英雄さん(81)=根室管内標津町=は「ウクライナ問題は(旧ソ連に島を追われた)77年前の自分たちの経験と重なる」と話す。故郷の多楽島には、今も祖父母らが眠っている。「本当なら毎日でも墓参りに行きたいが、プーチン政権が続く限り交渉は進まない。次に島に行ける時が来たら、長く来られなくてごめんねと伝えたい」と語った。(武藤里美、小野田伝治郎、村上辰徳)
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