「ロシアを去った同胞に寛容でなければならない」ロシア交流庁長官

ウクライナでの特別軍事作戦開始後にロシアを去った同胞に寛容でなければならない–ロシア連邦交流庁のエフゲニー・プリマコフ長官は連邦院の委員会で、こう発言した。彼によると今年2月以来、6万~7万人のロシア人がアルメニアに向けて出国した。出国者の大半がIT分野の人たちだ。こうした人々の中には「政治的動機」があったり、特定のライフスタイルを維持するために去った人もいる。「そのよう人々は寛容に扱われるべきだ」と述べた。(サハリン・クリル通信2022/4/26)

「さらばプーチン」ロシア若者がアルメニアなどに続々脱出 ウクライナ侵攻抗議 専門職多く「頭脳流出」

(東京新聞2022/4/19)

 ウクライナ侵攻に抗議するロシア人の若者らが次々と祖国から逃げ出している。中でも黒海近くの内陸国アルメニアにはIT技術者ら専門家や反政権派の若者ら数万人が押し寄せ、プーチン政権が倒れる日を待ち望む。彼らの合言葉は「さらばプーチン」だ。

 「プーチンがいなくなるまでロシアには戻らない」。3月にアルメニアに移住したナスチャさん(22)は言い切る。母国との別れを決意させたのはロシア軍によるウクライナ侵攻だった。

 「若い世代は侵攻が始まってから両親や祖父母と口げんかばかりするようになった」とナスチャさん。若者は1991年に独立したウクライナを見て育ち、親近感も。軍の侵攻には強い違和感を抱いている。

 ナスチャさんは、ロシアの高等経済学院を卒業したエリートで、独スポーツ用品大手アディダスの支店で販売データの分析を担当。しかし、警察当局が反戦デモを暴力で抑え込む様子に衝撃を受け、楽しかった職場と自宅を捨てる覚悟ができた。「アルメニアなら顔と名前を出し、自由に意見も言えるから」と笑う。

 一方、中高年層にはプーチン大統領の支持者が多い。モスクワで暮らす家事代行の女性(56)は「ロシア人にとって、ほとんどの国が敵になった。先祖の墓を捨てて出国するなんて考えられない」と話す。侵攻には批判的でも、プログラマー男性(27)のように「見知らぬ国に渡る勇気はない」と尻込みする人が一般的だ。

 そんな中、アルメニアには毎日最大で6000人ほどのロシア人が到着する。このほか、イスラエルやトルコ、ジョージアカザフスタンにも大勢のロシア人が移住。2月24日の侵攻開始後、10万人を超える人々がロシアを脱出したとみられ、大半は専門職の若者たちで「頭脳流出」も進んでいる。

 アルメニアの首都エレバンでは、移り住んだロシア人がウクライナへの連帯を示す集会を開いたり、SNS(交流サイト)にプーチン批判を書き込んで発信したりと自由に活動。ロシア国内では最長禁錮15年の罪に問われる行為だ。

 

 法律家のアンドレイさん(27)はロシアで兵役拒否を広める反戦活動を続け、当局ににらまれてアルメニアに脱出した。「ロシアでは軍人を崇高な存在と受けとめる市民が多い。でも、現実は全く違う。軍は非人間的な組織だ」と語る。

 また、ロシアの野党指導者アレクセイ・ナバリヌイ氏(45)=詐欺罪などで服役中=の陣営で活動してきたビーカさん(22)は、反戦デモ参加中に逮捕。保釈され初公判が開かれる直前、着のみ着のままでアルメニアに逃れた。

 ビーカさんは、ナバリヌイ陣営がエレバンで運営する無料宿泊所に滞在し、家電修理の仕事で食いつなぐ。「ロシアは異様な国になってしまった。今の祖国を見るのは残念でならない」と、悔しさをにじませた。

 アルメニア 黒海カスピ海に挟まれた南コーカサス地方に位置する。人口約300万。ロシア人はパスポートなしで入国・滞在が可能。ロシアと同盟関係にある一方、アルメニア系住民が多い米国やフランスとも良好な関係で、ロシアにとっては「欧米の窓口」に当たる国。第1次大戦後、実業家の渋沢栄一アルメニア人孤児に義援金を送ったことでも知られる。

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