ロシアが北方四島ビザなし交流に関する日本との合意を一方的に破棄したことで、日本側の研究者が四島で学術調査を行う「専門家交流」の見通しが立たなくなっている。地震、生態系、歴史の各分野で調査を続け、津波防災など北海道本島に関わる研究成果を積み重ねてきたが、今後の計画が白紙になった。研究者は「成果を無駄にしてはいけない」と訴え、一日も早い再開を願う。(北海道新聞2022/12/13)
「コロナが終われば島に行けると思っていた」。北大大学院地震火山研究観測センターの西村裕一准教授(地震学)は嘆息した。
西村准教授ら研究者グループは2015年以降、国後島と色丹島を訪れ、ロシア人研究者と共同で津波の痕跡を調査してきた。19年には千島海溝に近い色丹島沿岸から約530メートルの内陸部で、最大で高さ十数メートルの津波によって運ばれたとみられる砂の地層を複数確認し、過去3千年で3、4回の津波が押し寄せたとみて研究を続けていた。
だが新型コロナウイルスの影響でビザなし渡航は20、21年と中止に。ウクライナ侵攻で日ロ関係はかつてなく悪化し、ロシアが9月に「ビザなし交流」と「自由訪問」に関する政府間合意を破棄したため、再開を見通せなくなった。
道内では日本海溝や千島海溝沿いを震源とする巨大地震が懸念される。西村准教授によると、千島海溝地震による津波をより具体的に想定するには四島のデータが欠かせず、「何としても現地で詳しい調査を続けたい」と語る。
各種の学術調査は、北海道本島と四島が一体的な地域であることを裏付けてきた。
動植物に関する調査ではクジラ類やヒグマ、鳥類などの生息状況を基に、道東まで連続した生態系が広がっていることが分かった。東京農業大生物産業学部(網走)の小林万里教授(海生哺乳類学)は「道内で生態系に異変が起きた場合、原因を調べる上で四島の情報は貴重だ」と指摘する。
06年以降、四島では先史時代の遺跡調査も行われてきた。北海道博物館(札幌)の右代啓視学芸員は同年からほぼ毎年調査に参加し、四島で遺跡約130カ所を確認。竪穴住居跡やアイヌ民族のチャシ(とりで)跡を発見し、国後、色丹両島で見つかった黒曜石がオホーツク管内遠軽町、置戸町で産出されたものと突き止めた。右代学芸員は「遺跡調査はまだ入り口の段階。このままでは、日ロ両国が四島の歴史文化を相互に理解する取り組みが途絶えかねない」と懸念する。(村上辰徳)
<ことば>北方四島専門家交流 主権問題を棚上げする形で1992年に始まった日本人と四島のロシア人住民が相互訪問する北方四島ビザなし交流で、日本政府は参加対象を元島民、領土返還要求運動関係者、報道関係者に限定していた。北方領土問題の解決に向けた相互理解を進める目的で98年から専門家の参加が認められ、ビザなし交流訪問団のチャーター船に同乗する形で四島へ渡航できるようになった。近年は地震火山、自然生態系、歴史文化の専門家が四島側と共同研究を進めていた。
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