札幌市内で29日に開かれた北方領土の元島民らの千島歯舞諸島居住者連盟(千島連盟、札幌)総会で、択捉島出身の松本侑三氏(81)=札幌市=が新理事長に就任したのは、元島民による世論への発信力を重視したためだ。元島民の高齢化を考慮し、元島民2世を理事長に推す意見もあったが、根室管内からは「領土問題の先行きが見通せないからこそ、トップに島の記憶がある元島民を据えることが重要」との声が上がる。(北海道新聞根室版2023/5/31)
「(四島を奪われ)失ったものがいかに大きいかを伝え、返還実現後の展望をもって活動に取り組みたい」。29日の総会で、退任した脇紀美夫氏に代わって新理事長となった松本氏は、こう意気込みを語った。
理事長人事を巡っては、元島民の平均年齢が87・5歳に達した中、ロシアのウクライナ侵攻による日ロ関係悪化で領土問題の進展が見込めないため、当初は返還運動継承の観点から元島民2世の理事長就任を求める意見もあった。ただ「島での生活を経験した元島民の言葉の説得力は大きい」との声が根強く、元島民の中から松本氏に白羽の矢が立った。
元島民組織のトップに元島民を据える構図は、千島連盟最大の支部の根室支部も同じ。高齢化する元島民の体力面などを考慮し、副支部長に元島民2世を据えつつ、リーダーに元島民の角鹿泰司さん(86)を選び、発信力を維持した。
根室管内の元島民らには、元島民の新理事長就任に安堵(あんど)が広がった。色丹島出身の得能宏さん(89)=根室市=は「日ロの領土交渉が停止する中、理事長にはこれまで以上に発信力が問われる」と語る。その上で「元気な人がいる間は元島民が理事長を担うことが大切だ」と語った。
一方、2枠ある副理事長ポストに、根室管内から国後島元島民2世の根室支部副支部長、野潟龍彦氏(71)と、国後島2世の羅臼支部支部長、鈴木日出男氏(71)が新たに選ばれた。副理事長に初めて元島民2世が就任したことについて、歯舞群島・勇留島元島民2世の米屋聡さん(63)=根室市=は「『元島民から2世へ』だけでなく、2世から3、4世にどう返還運動を引き継ぐかを真剣に考えなければならない転換期が来ている」と話した。(川口大地)
■運動担う人に伝えたい 新理事長・松本氏
ふるさとを思う気持ちは誰にも負けない。
幅広い層に北方領土を知ってもらいたい。周りにいる人に訴え、協力してくれる人をたくさん作り、それを力にして外交交渉を進めていけるような運動を展開していきたい。
「元島民」「元島民2世」「(3世、4世を含む)後継者」。北方領土の返還を求める気持ちはみんな同じだ。区別せず領土返還運動を広げていきたい。
ロシアに不法占拠されている状況を常に訴え続けていく。もっと問題を知ってくれる方を増やす。
北方四島で生まれ、生活した方へ。島での体験をこれから返還運動を担う人に伝えてほしい。そうすることで私たちが北方四島で失ったものの大きさを伝えることができる。失ったものとは、素晴らしい自然であり、資源であり、歴史、生活だ。
洋上慰霊をやらなければいけない状態になるとしても、政府には北方領土での墓参を引き続き求める。
<経歴>択捉島出身。中学校教諭、学習塾経営を経て、2017年から千島連盟道央支部副支部長、21年4月から23年4月まで同支部長。札幌市在住。81歳。
■2世の役割増している 新副理事長・鈴木氏
元島民2世の私たちも、元島民1世とともに返還運動を続けてきた。これまでは元島民が第一線に立って力を尽くしてきたが、全国の千島連盟支部では2世などの後継者の役割も増えている。
今後はさらに後継者が頑張らないといけない。しっかりと元島民の思いに心を寄せ、返還運動の先頭に立っていくべきだと感じている。
<経歴>羅臼町出身で国後島元島民2世。1970年に羅臼町役場に入り、2007年6月~19年6月に同町の副町長。17年からは千島連盟羅臼支部長を務める。羅臼町在住。71歳。
■古里への思いを次代へ 新副理事長・野潟氏
元島民が持つ古里への思いが、運動を引き継ぐ後継者に薄い部分だ。元島民は戦争に敗れ、古里もなくなったのです。
私たち2世は元島民から望郷の念を(直接)聞き、気持ちの中に大きく残っている。しかし、3、4世にはそういう機会がない。今度は私たちが伝えていく番だ。
古里を奪われた元島民の望郷の念を受け継ぎ、後継者など返還運動を引き継ぐ人たちに伝えていきたい。
<経歴>根室市出身で、国後島元島民2世。千島連盟根室支部の初代青年部長を歴任。現在は同支部副支部長を務める。根室市在住。71歳。
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