記憶に無い風景が、なぜか懐かしく見えた。根室市に住む高本政治(まさじ)さん(87)が墓参のため、北方領土歯舞群島の勇留島トコマの海岸近くを訪れた2008年のことだった。(北海道新聞根室版2023/7/7)
丘から海を望むと、カモメが飛来する小さな岩島「ゴメ島」があった。夢中で愛用のフィルムカメラのシャッターを切った。「親から聞かされたゴメ島、白い砂浜、その手前に親が暮らした集落があった。魚は家の目の前で取れ、暮らしやすかっただろう」
千島歯舞諸島居住者連盟(千島連盟)登録の出身地は勇留島。だが、島に住んだ記憶は無い。体が弱く、根室市街地の祖父母の家に長く預けられていたからだ。「幼少期は家の中で寝ていて、『のらくろ』や『フクちゃん』など漫画を読む毎日だった」と振り返る。
父は輸送船を保有し、根室から食料や日用品を勇留島に、島からは昆布などの水産物を根室に運んでいた。「親は根室と勇留島を行ったり来たりしていたが、話す機会は多くなかった」。島では加工の仕事もあり、漁期には祖父の出身地の富山から親戚を呼び寄せるほど忙しかった。
戦後、父は根室に住み、野付半島、羅臼を結ぶ海上輸送の仕事を続けた。高本さんは親戚が経営する水産会社に就職し、72歳まで包丁一本で水産加工に従事した。
根室市松本町の自宅には愛用のフィルムカメラで撮影した写真が並ぶ。勇留島のゴメ島を写した1枚も額に入れて飾っている。
島に住んだ記憶は無くても、島とその周りの豊かな海と深く結びついた人生。「まずひとつでもいい、島を返してほしい」。今年8月からの洋上慰霊にも参加し、その思いを込めて祈るつもりだ。(松本創一)
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