ロシアが実効支配する北方領土で、公共スペースや自然が荒らされる観光公害(オーバーツーリズム)が常態化している。ウクライナ侵攻などの影響で、国内旅行に目を向けたロシア人客が増えたことによる、不十分なマナーや慢性的な客室不足が要因。宿泊施設の周囲にテントが張られ住民の苦情が相次いだほか、貴重な植物が失われるケースも。専門家らは対策を呼び掛けるが、地元政府は経済活性化を優先し、さらなる観光客誘致に前のめりだ。(北海道新聞2023/8/16)
国後島の中心地、ユジノクリーリスク(古釜布)にある宿泊施設「友好の家」。8月上旬、施設の周りに学生観光客らが多数のテントを張った動画が通信アプリ「テレグラム」に投稿され、波紋が広がった。
友好の家は、ビザなし渡航などで島を訪れる日本人らが使用する集会や一時宿泊所として、日本が整備した。新型コロナ禍で日本人の渡航が途絶えた2020年以降、少なくとも2年前からは一般ロシア人らも宿泊しており、昨年には食堂部分をスポーツバーに改修。住民の憩いの場にもなっていた。
学生らは街中心部で利便性がある友好の家の周りに集まったとみられるが、入り口の手すりに乱雑に衣服を干したり、多数のテントで周囲の芝生を占拠したことから、地元住民が反発。テレグラムに「ごみはどこに捨てるのか。数カ月で周辺は荒れ地になる」などと投稿された。
ウクライナ侵攻後、海外旅行を控えたロシア人が増えた影響もあり、北方四島を訪れる観光客は急増。四島を事実上管轄するサハリン州政府によると、昨年の四島の宿泊施設の客室稼働率は98%に上ったという。
これに伴いトラブルも増加。7月下旬には国後島の滝で、ハイキング愛好家が崖から転落するなどして当局に救助される騒ぎが1週間に2度発生。いずれも必要な事前の届け出を怠っており住民の怒りを買った。
国立クリール自然保護区の専門家らは今月上旬、国後、色丹両島の保護区内に観光客が立ち入った影響について調査結果を発表。観光客の踏み付けやたき火によって植生が失われているとして、「環境教育を実施するべきだ」と対策の必要性を訴えた。
ただ、州政府が出資するオーロラ航空は観光需要を満たすため、6月に増やした択捉便に続き今月から国後便も増便。択捉島では国が助成し、アイヌ民族文化を体感できるホテルの建設計画が持ち上がるなど、観光客誘致の動きは止まらない。国後島で活動する自然ガイドはテレグラムで「貴重な自然の集合体をどう保護するつもりなのか」と嘆いた。(本紙取材班)
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