「これはソ健軍の北方領土侵攻を根室側に伝えた電信線の中継施設。実は歴史的建造物なんです」。戦前に北方領土国後島と根室側を結んだ通信用海底ケーブルの中継施設「陸揚庫」。この古びた建物の前で8月末、根室市職員の荒井徹さん(49)がこう説明した。(北海道新聞2023/9/29)
小学生が見学
相手は、根室市立海星学校の8人。北方領土に隣接する根室管内1市4町でつくる協議会は、今年から、返還運動に関する次世代育成プログラム「北方少年少女塾」に陸揚庫見学を組み込んだ。
説明を聞いた同校5年の原栞理さん(11)は、驚きの表情でつぶやいた。「ポロポロだから気にかけたことがなかった。今まで大事な建物だったなんて思わなかった」
人通りの少ない海岸線沿いの市道脇にひっそりと立つ陸揚庫。2021年に北方領土関連の建造物として初めて国の登録有形文化財となったが、建物自体の価値も注目されている。
元国土交通省国土技術政策総合研究所シニアフェローの長谷川直司さん(65)は、1939年(昭和4年)に旧逓信省が建てた陸揚庫のデザインを評価する。正面の左右対称な装飾柱には大正時代以前の様式美が感じられる一方、真っ平らな屋根はその後の昭和のモダニズムを予兆させるとし「新旧のデザインが共存している点で貴重」と語る。
陸揚庫の存在を知ってもらうため、市は2013年に施設買い取り後、隣接地に北方領土と電信線がつながっていたことを解説する案内パネルを設置したり、シンポジウムも各地で開催。今年は、陸揚庫が旧ソ連軍の北方領土侵攻を伝えた事実を説明する動画を作成した。
資料室を提案
ただ、知名度は根室市内でも高くはないのが現状だ。市歴史と自然の資料館の元主任学芸員で北方史に詳しい札幌大学の川上淳教授(69)は「外観を見ただけでは、陸揚庫がどんな歴史的役割を果たしたのかが分かりにくい」と指摘。その上で「根室ではこれまで元島民が返還運動を引っ張ってきたので、建物への注目も高くなかった」とみる。
元島民の高齢化は進み、平均年齢は87.8歳。ロシアのウクライナ侵攻による日ロ関係悪化で、次代にどう返還運動をつなぐかが課題となる中、北方領土関連の文化財である陸揚庫の存在意義は高まっている。
今年3月、市の専門家会議分科会は、透明な覆屋で保存を進めると同時に敷地内に小規模の資料室を設置することを提案。市も実現に向け動き出している。
「もの言わぬ語り部」の「声」をどう発信していくか–模索が続く。(根室支局 川口大地)
コメント