7月に開業した択捉島の高級ホテル「ヤンキト」の新棟。宿泊施設が少ない島で、大陸からの高所得層に人気だ=25日
■「どの国からも歓迎」
「外国人はきょう米国人、イタリア人、中国人4人が宿泊予定よ」
8月下旬、オホーツク海を望む北方領土・択捉島中部の景勝地に立つ高級ホテル「ヤンキト」。女性従業員は、北海道新聞のロシア人スタッフにそう明かした。
ヤンキトは島の中心集落・紗那の北9キロにあり、島の有力企業ギドロストロイが運営する。7月に開業したばかりの新棟は、計9部屋だった1号棟の6倍となる54部屋を備える。価格は1号棟の半値の1泊1万2500ルーブル(約2万円)からに抑え、宿泊のハードルも下げた。
訪れるのはロシア人客が大半だが、ホテルのマネージャーは「外国客からの評価も非常に高い。どの国からの客も歓迎する」と話した。10月半ばまで予約で埋まっているという。(北海道新聞2024/8/30)
ヤンキトには約6年前の2018年10月、日本人の調査団も視察に訪れた。当時、日ロ両政府が協議を進めた北方四島での共同経済活動で、「観光ツアー開発」は優先事業の一つ。日本人観光客の誘致をロシア側も期待し、19年には初の試験ツアーも行われた。
■日ロ共同経済活動は頓挫
だが、法的問題を巡る交渉が難航したまま事業は立ち消えになった。22年にロシアがウクライナで「特別軍事作戦」を始め、日ロ関係が悪化すると、ロシアは共同経済活動から一方的に離脱した。
いま島の観光は、欧米の対ロ制裁下でロシア人を海外から国内旅行にシフトし、強い追い風が吹く。島内を歩くとアウトドアブランドの服を着てリュックを背負った旅行客が目につき、カフェやレストランは昼夜とも連日満席だった。
島を事実上管轄するロシア・サハリン州クリール地区行政府のオスキナ地区長は、日本との共同経済活動は「何も実現しなかった」と切り捨て、それでも島は順調に発展していると強調した。
■「城下町」で新企業が頭角
観光のほか、水産、建設など幅広い事業を手がけるギドロストロイの「城下町」と呼ばれてきた択捉島では、新たな企業が頭角を現している。
紗那の南西約30キロの海岸部に、3棟計1500平方メートルのビニールハウスが立つ。地区議会議員がトップを務め、水産加工やふ化事業を中心に手がけてきたコンチネント社のグループ企業が、四島唯一の温室栽培施設として18~19年に整備した。
まだ冬場の稼働は難しいが、農業技術者コルニツキーさん(65)は「今年は6月からトマトやキュウリなど計2.5トンを収穫した」と誇らしげに語った。野菜の温室栽培も日ロ共同経済活動の優先事業だったが、日本の協力なしに事業は軌道に乗っている。
■「住民の生活レベル向上」
島の食料は大陸からの貨物船に依存するが、冬場を中心に欠航も多い。コンチネントグループは22年、紗那に2600トンの食料を冷蔵・冷凍保存できる貯蔵庫を開設。20年から自社の野菜などを販売するために小型スーパー事業にも着手し、7月には紗那に島内4店舗目を開店した。
小型スーパーを統括するワレリー・オクセニョク社長(41)は「島で新鮮な野菜を育てて、保存も可能にすることで食料事情を改善している。住民の生活レベルは向上している」と語った。
観光客増加による大量のごみ問題、道路舗装の停滞-。島にはなお課題は山積する。だが、日本との交流が途絶える中、「自立」は着実に進んでいる。
(本紙取材班)
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