2月7日、「北方領土の日」。根室市総合文化会館大ホールの壇上から、「北方領土を返せ」とシュプレヒコールをあげた国後島元島民2世の高橋隆一さん(62)=根室市=の心には、不安な気持ちがしこりのように残った。(北海道新聞根室版2024/2/28)
「今年は空席が目立ち、とりわけ若者の姿が少ない」―。実際、参加者は昨年より100人少ない750人。座席千人分のうち250人分が空席。参加者は従来にも増して高齢層が多いように見えた。
高橋さんは千島歯舞諸島居住者連盟(千島連盟)根室支部の元島民2世らでつくるかけはしの会の会長代行。領土返還運動の次世代を担う存在だが、「根室でも、後継者の領土問題への関心は低下しているように感じる」と語り、領土返還運動の若い世代への引き継ぎが十分に進んでいない現状に心を痛める。
元島民や後継者の2、3世が運動を広げるため、普段から取り組んでいるのが、千島連盟による語り部活動。2004年から登録した元島民が、修学旅行生などに当時の島々の様子や暮らしぶり、旧ソ連軍の侵攻や島から追われたときの話などをしている。
■生々しく語れず
根室市内に元島民の語り部は7人で、10年間でほぼ半減。2、3世などの後継者は10年間で2倍近い18人にまで伸びた。語り部の育成は順調そうに見えるが、昨年度の語り部活動は、元島民が7人で70回にのぼったのに対し、後継者は倍以上の人数で12回にとどまった。
高橋さんは「四島での生活経験がない後継者は、生々しくは語れない」とリアルな体験の少なさが、後継者の活動の少なさにつながっていると指摘。高橋さんもこれまで2回語り部活動に従事したが、用意した原稿の読み上げが中心になり相手に響きにくいと痛感したという。
根室支部の活動拠点・千島会館の藤田茂館長は「語り部依頼のうち、8割以上が元島民の声を直接聞きたいと要望する」と指摘。歯舞群島勇留島元島民2世で後継者語り部の一人の米屋聡さん(64)は「求められているのは元島民の話だと知っているので、語り部活動に消極的になってしまう2世もいる」と語る。
千島連盟は語り部の技術向上に向け、話す内容の構成などを助言する研修会を開いている。ただ、元島民が地元の後継者に体験を語り継ぐ場は多くはない。自ら積極的に聞き取りをする2世、3世の語り部もいる一方、温度差も顕著だ。
■「体験聞く場を」
1月に根室市内であった千島連盟根室支部の後継者を育成するための研修会では、元島民から後継者への語り継ぎの場の必要性を指摘する声も出た。国後島元島民3世の法(のり)月(つき)祐蔵さん(36)は、返還運動の次世代のリーダーと目されながら昨年7月に65歳で他界した国後島民2世の法月信幸さんの次男だが、祖父や父からは島での暮らしぶりなどについてほとんど聞いたことがなかった。「千島連盟で元島民の声を聞く研修会がもっとあれば、積極的に参加していきたい」と語った。
後継者にとっての四島のリアルな体験は、19年まで中断を挟みながら55年間続いたビザなし渡航によって、北方四島を実体験したことだ。高橋さんも「四島で険しい崖に登りながら墓参りするなど、元島民の故郷への思いに間近で触れてきた」と振り返る。
新型コロナ対策に加え、ロシアのウクライナ侵攻開始による日ロ関係悪化で、ビザなし渡航の中断は4年目を迎えており、四島の「今」を実体験した経験も貴重になりつつある。高橋さんは「語り部を絶やさないためにも、ビザなし渡航参加の経験が強みになると信じ、後継者による語り部活動を活性化させたい」と話した。(川口大地、松本創一)
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平均年齢88歳を超えた北方領土の元島民たちの記憶をつなぎ、返還運動をどう継続していくのか。北方領土返還運動原点の地の根室市内の動きを報告する。
■広島市では行政が育成支援
北方領土問題の記憶継承と類似のケースとして、被爆者の高齢化に直面している広島市の例が挙げられる。広島市は、原爆による被害を展示している広島平和記念資料館などで実体験を伝えてきた被爆者の記憶を、若い世代が語り継ぐ「被爆体験伝承者」の育成を2012年度から行っている。
被爆体験伝承者は、被爆者から受け継いだ記憶を基に自ら原稿を作成する。市の助言を受けながら文章を練り直したり、市などが開く被爆者との交流会や話術研修会などに参加して技術を磨くことも必要で、認定までに2年ほどかかる。
22年度からは、被爆者の親族が体験を語り継ぐ「家族伝承者の育成」も開始。家族間だけで語られてきた記憶も含めて掘り起こし、幅広い内容を伝承しようとする試みだ。被爆体験伝承者と同じく2年ほどかけて、関係する親族などへの聞き取りから原稿作成までを行う。両事業ともに、志望者が自ら取材して内容をまとめるため、能動的な活動になるという利点がある。
被爆体験伝承者は現時点で209人おり、初めて登録された15年度の50人から10年弱で4倍に増加。家族伝承者も既に16人が活動している。「証言者」として実体験を公の場で語る被爆者が10年前の44人から31人に減少する中、「伝承者」の役割が増している。
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