北方領土の歯舞(はぼまい)群島と色丹島で地盤沈下が進み、過去40年間に地形が大きく変化している可能性が高いことが分かった。北海道新聞が40年間の衛星画像と戦前の地図を基に分析した。色丹島が約50センチ沈降した1994年の北海道東方沖地震などの影響とみられ、かつて歯舞群島にあった日本人居住地に湖のような大きな水面ができていることも確認された。地震学の専門家は「北方領土の地形は日本人が暮らしていた時代からかなり変化している」と指摘している。(北海道新聞デジタル2024/2/2)
北方領土はロシアによる実効支配が続いており、現地の様子を把握する手段は限られる。国土地理院は衛星画像を活用し、2010~14年に北方領土の地形図を約90年ぶりに全面更新したが、これまで過去の地形図との詳細な比較はされていない。元島民や隣接する根室市民にも地盤沈下の実態は広く知られていない。
北海道新聞は7日の「北方領土の日」に合わせ、米国の人工衛星ランドサットと欧州宇宙機関の人工衛星センチネルが1984~2023年に撮影した画像と、旧日本陸軍参謀本部が発行した1922年(大正11年)の地形図を比較・分析した。
衛星画像 農作物の生育調査や資源探査に活用され、能登半島地震では被災状況の調査にも使われている。米国が1972年に打ち上げた衛星「ランドサット」、22カ国でつくる欧州宇宙機関の「センチネル」が撮影した世界各地の画像は、過去の撮影分も含め、インターネット上で無料で入手できる。
択捉島や国後島の地形も調べたが、大きな変化は歯舞群島と色丹島に集中していた。標高が低い場所が多く、地盤沈下などの影響が大きかったとみられる。
現在は無人島とされる歯舞群島多楽(たらく)島では、かつて日本人住宅が並んでいた南蒲原磯(かんばらいそ)地区に湖のようなものができていることが確認できた。大正時代の地形図や元島民の証言によると、同地区に小さな池や湿地はあったが、これほど大きな水面はなかった。
衛星画像の分析からは、北海道東方沖地震の翌年の95年ごろから水面が広がっていく様子がみてとれる。22年時点の水面の外周は2・5キロ、面積は23ヘクタールほどとみられ、十勝管内足寄町の湖オンネトーとほぼ同じ大きさに広がっていた。
多楽島では南部の海岸線が後退し、川幅が広がっていることも確認された。また歯舞群島志発島は北東部や南西部で川の面積が大きくなっていた。色丹島は南西部のノトロ湖の面積が拡大し、北部のマタコタン近くの湾も内陸部に広がっていた。
北大地震火山研究観測センターによると、色丹島は北海道東方沖地震で約50センチ沈降した。加えて北方領土や道東一帯は千島海溝に近く、プレートの沈み込みの影響を受けており、根室市の花咲港でも過去100年で地盤が約1メートル下がった。
北海道東方沖地震 1994年10月4日に発生し、釧路市と釧路管内厚岸町で震度6、根室市などで震度5を観測した。震源は根室半島の東方沖約150キロで、マグニチュード(M)8・2。道内で約440人が負傷、津波などで道東を中心に家屋約7500戸に被害があった。北方領土では複数の死者も出た。
ビザなし渡航に10回程度参加し、北方領土の地形に詳しい同センターの西村裕一准教授(古地震学)は多楽島について「新たに湖や沼ができたと言っていい。底で海とつながっている海跡湖の可能性がある。水深はかなり浅いだろう」と分析する。志発島は川幅が広がり、沼のようになったとみる。色丹島は低地の泥炭地が水没して湾や湖が広がったとみられるという。
同センターの高橋浩晃教授(地震学)は「長期にわたる北方領土の地形変化を衛星画像で調べた例はほかに聞かない。継続して見ていく意義がある」とした上で「プレートの境界に近い北方領土の地盤は沈み続け、今後も地形は変化する。巨大地震があれば隆起する可能性もある」と話している。(武藤里美、津田祐慈)
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