根室市の納沙布岬から歯舞群島・貝殻島に向かって1870メートル。今年6月1日、漁師2人が乗船したコンブ漁船が日露間の「境界線」とされる中間ラインを越えると、警備艇が近づき小型ボートをおろした。「初日からさっそく臨検におでましか」。60歳代の漁師はため息をついた。(読売新聞オンライン2023/11/27)
ロシア国境警備隊員2人が漁船に乗り込むと、スマートフォンを取り出し、通訳アプリを使ってこう伝えてきた。「書類を見せてください」。漁師はロシア語で書かれたコンブ漁の許可書類を提示すると、隊員はすぐに下船していった。
6月初旬から9月末まで行われる貝殻島周辺でのコンブ漁。例年約200隻が漁に出るが、ウクライナ侵略が始まる前年の2021年にコンブ漁船が受けた臨検は延べ87隻にとどまっていた。しかし、侵略後の昨年は366隻、今年は529隻と激増している。
コンブ漁では従来、カメラなど撮影機材の持ち込みは禁止だったが、携帯電話を詮索されることはなかった。だが、侵略後に臨検が増加し、漁師は携帯のレンズ部分にテープを貼る対策をとった。
歯舞漁協は今季の漁からカメラ機能を持たない携帯電話を約200台用意して、漁師に渡した。そのためもあり、臨検の作業は数分で済むことが多いという。コンブ漁師の経塚努さん(60)(根室市)は「貝殻島海域は宝の海なので、臨検があっても操業したい。これまで何回も臨検を受け、慣れてきた」と語る。
60歳代の漁師は「国と国の関係が悪くなり、漁の現場が緊張する。安心してコンブをとれるようにしてほしい」と訴えた。
貝殻島にあり、10年近くうち捨てられていた灯台は今年8月、突然白く塗られて点灯を始めた。ロシア国旗が一時なびき、ロシア正教会の十字架も掲げられた。
「ロシア側が『われわれの領土』という示威行為をして日露関係が悪化するのでは、この先も漁はできない」と肩を落とすのは、羅臼町でホッケやスケトウダラの刺し網漁をなりわいとする 野圭司さん(61)だ。
北方領土周辺での漁業は、日露の政府間や民間交渉による協定に基づいて行われる。コンブ漁や、サンマ漁などの地先沖合交渉は合意に達し、今年の漁は実施された。
一方、国後島周辺などのホッケやスケトウダラ、タコ漁は「安全操業」という枠組みで、漁獲量やロシア側に支払う協力金を毎年政府間で取り決めている。昨季の漁は侵略前の21年末に合意していたため実施できたが、今季については交渉すらできていない。
野さんの漁船が停泊する羅臼港から望むと国後島は目と鼻の先だが、例年9月中旬に始まり12月末まで続く同島沖でのホッケ漁を今年はあきらめた。操業するとロシア側に 拿捕だほ される危険性があるためだ。今季の漁獲量は昨年の半分以下になるという。
羅臼や根室市などの漁船四十数隻は今季、同島沖での漁を見合わせている。野さんは「ウクライナ侵略後もコンブ漁はできている。日本政府は、政府間交渉である安全操業の再開に向け、知恵を絞ってほしい」と訴える。
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