交流の積み重ね消えない
北方領土返還運動原点の地である根室地域の住民は、ロシアとの交流こそが北方領土問題を解決する道だと信じ、北方四島のロシア人住民と顔が見える関係をつくってきた。一方、ロシアはウクライナ侵攻後の日本の制裁などに反発し、日本人とロシア人が相互往来する「ビザなし交流」、元島民らが古里を訪れる「自由訪問」に関する合意を破棄した。北方領土の元島民による「墓参」も見送られ、時計の針が東西冷戦終結前まで大きく戻された状況の中だ。悔しいという言葉では言い尽くせない思いがある。(北海道新聞2023/2/17)
ウクライナで戦闘が続いている現段階で日ロ間の友好親善を展望することは困難であるのは当然だ。一方で旧ソ連崩壊後の約30年間の地域間交流の積み重ねや、築き上げてきた住民同士のつながりは消そうとしても消えないものでもある。
例えば、昨年5月、知床半島沖で起きた観光船「KAZU 1(カズワン)」の沈没事故の遺体が国後島で見つかった時、ロシア側からの最初の連絡はビザなし交流などで知人になった根室市民に対してだった。政府同士が非友好的になったとしても、ロシアの人びとは住民同士の交流を覚えている。根室地域の住民も同様だ。
元島民に寄り添った事業を
心に重荷を抱えているのは平均年齢87・2歳となった元島民だ。自身の体験とウクライナの状況を重ねて、心を痛めている人もいる。元島民のみなさんは「体が動くうちに島に渡り、先祖の墓に手を合わせたい」と願っている。日本政府は、ロシア側が門戸を閉ざしていない墓参については、人道的な観点から早期再開に向けた積極的な交渉をすべきだ。
墓参は1964年に始まり、東西冷戦の厳しい外交関係の中でも、一時中断を経ながら続いた。人の往来が、その後の関係改善の一助となった歴史があることを忘れてはいけない。さらに高齢化が著しい元島民の気持ちに寄り添った事業も必要だ。
漁業協力は対話の接点
政府がロシアに対して厳しい制裁一辺倒になるのは簡単だが、日ロの漁業交渉も墓参と同様の意義がある。63年から続く貝殻島コンブ漁は、冷戦時代の対立を解きほぐす対話の土壌を育んだ。日本漁船によるスケソウダラなどの安全操業も含め、日ロ双方が四島周辺海域を共益の海として活用する価値観の下で行われてきた。漁業交渉は、政治的対立の中でも対話の接点となり、日本と旧ソ連が国交を回復した56年の日ソ共同宣言の原動力の一つにもなった。
だが、ロシアのウクライナ侵攻後、日本200カイリ水域内のサケ・マス流し網漁を巡る日ロ政府間の漁業交渉の妥結が遅れ、出漁に影響した。例年6月に出漁するロシア200カイリ水域内での日本漁船によるサケ・マス引き網漁の試験操業も見送られた。今年に入ってからは四島周辺海域での安全操業を巡って、ロシア側が今年の操業条件を決める政府間協議に応じない方針を伝えてきた。
北方領土・貝殻島灯台の周辺で操業するコンブ漁船=2022年6月22日午前6時35分(国政崇撮影)
影響を強く受ける根室の水産業の環境は大変厳しく、先行きが見えないが、日ロ間の漁業交渉のチャンネルは残されている。それは歴史的な対話の土壌があるからだ。そこに期待しているし、根室としても、できる限りの役割を果たしたいと思っている。
隣接地域を輝かせて
根室がロシアと向き合い続ける地域であることは将来も変わらない。戦争はいつか終わる。ロシア側の人びとが根室を再訪する時も来るだろう。領土問題は今、原点に返り足元を固める時期だ。
まず、根室管内を日本の先進性を示す地域として積極的に整備しなくてはならない。92年の四島からの最初のビザなし交流で、ロシア人は根室のアスファルト舗装道路に感動の声を上げた。輝く日本の姿こそ、彼らが根室に近づく動機だった。今は四島側にも投資が行われ、差が縮まっているからこそ、根室地域をもっと輝かせなければいけない。諸外国でも国と国の境界では、国力を示すために積極的な投資が行われており、参考にすべきだ。
返還運動も原点に返る時だ。領土問題の解決を含む平和条約交渉は停止し、解決までの見通しが立たない時期だからこそ、北方領土問題が置き去りにされないようにしなければいけない。かつて根室市が実施した返還運動の輪を広げる「キャラバン隊」のような事業も新年度に取り組みたい。若い世代に返還運動を確実に引き継ぐ意義を今、国全体で再認識する時だと考える。
首相に求めることは
一日も早いウクライナ情勢の収束は根室地域にとっても当然、重要なことだ。政府として厳しい対ロ外交に振り切るだけで終わってほしくはない。外交交渉は諦めたと思われたら終わりで、日本から熱い思いを打ち出し続けないといけないし、われわれはそのつもりでやっている。
根室市の納沙布岬にあるモニュメント「四島(しま)のかけ橋」と「祈りの火」。返還運動のシンボルとして1981年に完成した
岸田文雄首相は北方領土問題に消極的な姿勢をみせるのではなく、「厳しい時期だが、政府は地域のためにこういうことをするから頑張ってほしい」と、元島民や隣接地域に声をかけ、元気づけてほしい。(聞き手・松本創一)
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