日ロの架け橋を志し、ロシア語を学ぶ北方領土元島民3世が、ウクライナ人避難民の支援に取り組んでいる。札幌出身で東京外国語大大学院博士前期課程の片貝里桜さん(24)。ロシアの侵攻で、ロシア人留学生との交流など「やってきたことが否定された」と感じる一方、元島民の戦争体験と重ね合わせ、10月には避難民を受け入れるポーランドなどで活動した。「今もロシアの友人は宝物」との思いを抱きながら現実を見つめ、自分の道を模索する。(北海道新聞電子版2022/12/27)
今月18日、東京都内でウクライナに寄贈する防寒着を、サイズ別に仕分けする片貝さんの姿があった。ポーランドから帰国後、仲間と学生団体を立ち上げ、関東や関西などで防寒着を募ったところ、目標の1500着を大きく上回る約4500着が集まった。
片貝さんは札幌南高2年だった2015年、ビザなし交流で初めて色丹島を訪問。ロシア人の「情に厚く、とても親切」な対応に驚いた。終戦後、色丹島を逃れた祖父の木根繁さん(85)=根室市在住=から「孫にはこんな思いをさせたくない」と聞かされ、「恐ろしい国」のイメージがあったからだ。ロシアをもっと知りたいと、18年に東京外国語大に進みロシア語を専攻。サークルを立ち上げ、ロシア人留学生と芸術や音楽、文化を語り合った。
四島返還の難しさも知った。19年に再び訪れた色丹島では、ロシア政府が中国企業を誘致し、開発を進めていた。片貝さんは「草の根活動で相互理解が広がっていけば」と願い、ロシアとの貿易などのビジネスに携わりたいと、モスクワへの留学を決めた。
2月下旬、ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、友人の留学生に動揺が走ったという。交流サイト(SNS)に「戦争はおかしい」と書き込む人もいれば、侵攻の話を避ける人もいた。自身の留学は白紙となり、無力感に襲われた。そんなとき、ウクライナの人々と元島民が重なって見えた。「時代や国が違っても、戦争に巻き込まれた人々の思いは同じでは。困っている人を助けたい」
片貝さんは10月4日から17日間、避難民を支援する日本財団ボランティアセンター(東京)の学生ボランティアとして、ポーランドなどでスープの炊き出しや道案内にあたった。
ウクライナとの国境付近の駅では、スーツケースを引きずり、疲れ切った顔で歩く人々の姿を目に焼き付けた。一時滞在施設で同年代の女性から「大学を退学しなければならなかった」と打ち明けられた。
ロシア人の友人への思いや「架け橋」になる夢は変わらない。ただ、ロシア側が北方領土へのビザなし交流と自由訪問の協定を破棄するなど、日ロ関係は冷え込んでしまった。
これからどう進めばいいのか―。片貝さんは自問するが、答えは見つからない。それでも、避難民への支援を続けることが「今の私にできること」だと信じて前を向く。(大能伸悟)
右側が片貝さん(東京外国語大学ウエブサイトより)
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