2月のロシアのウクライナ侵攻開始から10カ月。武力で現状を変えようとするロシアの行動は、対話による北方領土問題の解決を目指してきた根室管内の元島民たちに深刻な影響を与えている。(北海道新聞根室版2022/12/21)
「『島はもう返らない』。そんな弱音を聞くことが増えた」。歯舞群島勇留島出身で、千島歯舞諸島居住者連盟(千島連盟)根室支部長代行の角鹿(つのか)泰司さん(85)=根室市=は嘆く。
日本の対ロ制裁への対抗措置として、ロシアは3月に領土問題を含む平和条約締結交渉を拒否。9月にはビザなし渡航のうち「ビザなし交流」と「自由訪問」に関する合意を破棄した。「70年以上返還運動をし、交渉を続けた日本側の努力をすべて否定するもの。故郷を返して、という私たちの願いはどうなるのか」
岸田文雄政権の姿勢も、落胆に拍車をかける。1日に東京で行われた「北方領土返還要求中央アピール行動」で、恒例の首相と参加者の面会が今年は設定されなかった。関係者の働きかけで直前に対面が実現したが、関係者は「現政権の消極姿勢を示すもの」と肩を落とした。80代の元島民からは「首相の姿勢を見たら、私たちが何をしてもどうにもならないように思えた」との声が上がった。
元島民たちは、それでも返還運動を続ける。歯舞群島多楽島出身で、千島連盟の河田弘登志副理事長(88)=根室市=もその一人。河田さんは約500人が参加した中央アピール行動のデモ行進で「北方領土を返せ」とシュプレヒコールを上げながら、1・6キロを歩ききった。「北方領土問題は国全体の問題。声を出し続けなければならない」と力を込める。
北海道新聞社が5月下旬に実施した世論調査で、北方領土問題に「大いに関心がある」と答えた道民は27%で、2016年9月から12ポイント減った。社会の関心の低下が、島民たちの思いをより駆り立てる。
悲痛な叫びをどう受け止めるか。突破口になりうるのが、ビザなし渡航のうち唯一ロシア側が合意を破棄しなかった「墓参」だ。墓参は冷戦下の1964年に始まり、中断を経つつ継続してきた。「墓参ができれば、領土交渉再開の糸口になるかもしれない」。国後島出身の古林貞夫さん(84)=根室市=は期待する。
日ロ間では多くの対話の窓口が閉ざされたままだ。元島民の平均年齢は87・0歳。深刻な対立のはざまで、元島民の思いに応える政策が必要だ。(武藤里美)
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