対ロ制裁やめても北方領土問題動かず 東大先端科学技術研究センター専任講師・小泉悠氏、ウクライナ情勢解説

 東大先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠氏(40)が釧路市内で開かれた道新釧根政経文化懇話会で「ロシア・ウクライナ戦争と日本 北方領土問題への影響」と題して講演し、緊張が続くウクライナ情勢について解説した。(北海道新聞根室版2022/10/6)

 そもそもなぜ、ロシアは今回の侵略を始めたか。ロシアは巨大な国。「ロシアはこう考えている」と一言では言えない。プーチン大統領の力は圧倒的だが、周辺にいるガス業界の大物や、正教会なども権利を主張している。通常はいろいろな立場の意見を聞いた上で妥協策が出てくる。

 ただ、今回の戦争は違う。実業界は侵略で利益を上げようとたくらんではいない。軍の暴走でもない。プーチン氏が「ウクライナウクライナ」と言い始め、周りも逆らえない。そんな感じがする。

 プーチン氏の考えを読み解くことが重要だ。昨年7月にプーチン氏が書いた論文がある。この中で、ロシアとウクライナの「歴史的一体性」を主張し、ウクライナ人とロシア人は元々同じ民族で、たまたま近代になって分かれたにすぎないと言っている。

 このくらいのことはロシアの民族主義者、軍関係者はよく主張する。驚いたのはプーチン氏がこれを論文として署名をつけて発表したこと。普通じゃない。公的な文書で、ウクライナはロシアの一部になれと言っている。ウクライナの主権を否定している。

 プーチン氏はウクライナが意のままにならないのが我慢ならない。プーチン氏のウクライナに対する態度は厳しい。西側の手先に成り下がっていると言う。私の考えからすると、ロシアが軍隊を送っているからウクライナはどんどん西側に近づいていくが、プーチン氏はそう考えない。

 今回のウクライナ侵略はプーチン氏のナショナリズムを満足させるだけの戦争だ。今後いつまで続けられるかはわからないが、今のところプーチン氏は政府内部を押さえている。動員発令で国民は抗議しているが、この規模の抗議運動は、プーチン氏は何回も乗り切っている。ただ、戦争に駆り出される若い人は怒っている。実業界も自分たちのビジネスをめちゃくちゃにされたと感じている。この先、プーチン氏はやっかいものでかついでいくことよりも、デメリットの方が大きいと思われたら、いつまで権力維持できるかは怪しくなる。

 直近の話で言うと、この戦争は間違いなく年内は続く。来年いっぱい続くことも十分ありえる。ウクライナは西側からの援助で相当強化され、現在両軍の実力は伯仲している。どちらかが大負けすることはない。ウクライナはハリコフで相当の面積を奪還したが、ロシアも防衛線を下げて強化した。地面が固まる今年の冬、来年夏に大規模な軍事作戦が予想される。そうなると戦争は来年いっぱいくらいは続く。

 日本が現在行っているロシアへの経済制裁をやめても、北方領土問題が動くという状況ではない。安倍政権期のロシアとの領土交渉でわかったのは、日本がどんなに好意的な条件をもちかけても結局ロシアは領土問題を日米同盟を弱体化させる材料としか見なかったということだ。領土問題のために、ロシアの影響を受けたり、日本の安全保障を犠牲にしたりするのはよくない。経済制裁を続け、ウクライナへの支援をやめない姿勢が重要だ。(今井裕紀)

こいずみ・ゆう 1982年、千葉県生まれ。早大大学院修了後、民間企業勤務を経て外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー客員研究員、未来工学研究所研究員などを歴任し、2022年1月から現職。専門はロシアの軍事・安全保障政策。北方領土問題についても安全保障の観点から関心を持ち、北方領土を2度訪問している。

 

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