北方領土問題の解決に向けた環境整備として安倍前政権が推し進めたロシアとの「8項目の経済協力プラン」に失速感が漂っている。菅義偉首相は対ロ外交の基本方針は維持する構えだが、領土交渉が行き詰まる中、政府内にはプランの具体化に向けた機運は乏しい。新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、ロシア側が求める貿易高の拡大も見通せない状況だ。(北海道新聞2021/1/4)
12月22日、北極海に面する極東サハ共和国の港町ティクシに日本企業が設置した発電システムの運転開始を祝う式典がオンライン形式で行われ、日ロ両国の関係者が参加した。
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が三井物産などと協力。寒冷地仕様の風車3基を中心にした設備で、日本製ディーゼル発電機や蓄電池も併用し、効率的に通年で電力を供給する。極東に日本の風力発電設備が導入されるのはカムチャツカ地方に続いて2例目。サハ共和国のニコラエフ首長は「安定した電力供給は地域の深刻な課題。施設は住民の利益のため、長く確実に稼働すると思う」と喜んだ。
■都市整備など柱
8項目の協力プランは2016年5月に当時の安倍晋三首相がプーチン大統領に提案したもので、医療、都市整備、エネルギー、極東開発などが柱。道内企業も含め、検討開始の覚書などを交わした民間事業は計200件を超える。
ただ、このうち採算性の調査も含めて、事業化に向けて具体的な動きがあるのは「半数程度」(外務省)という。実際に企業間で事業実施の契約まで至ったのはさらに少ないとみられる。
12月21日にレシェトニコフ経済発展相とテレビ会議を行った茂木敏充外相は「経済分野の協力は平和条約締結交渉を含む日ロ関係全体の進展に資する」と述べ、引き続きプランの進展を目指す考えを強調。政府はロシアが課題を抱える分野で協力を進めることが、領土問題への反発が強いロシア世論を動かすテコになるとみてきた。
だが、経済産業省出身の首相補佐官らを中心に官邸主導で関係省庁や民間企業に事業化を働き掛けてきた前政権に比べ、菅政権には「旗振り役がいない」(経済関係者)。政府内には平和条約交渉の停滞を背景に「経済協力を進める政治的意義は低くなった」(官邸筋)との声もある。
一方、ロシアは平和条約交渉の進展には経済協力などを通じた一層の信頼醸成が不可欠との立場。ロシア側には日本との協力案件は「予算規模が小さい」(政府筋)との不満もくすぶり、ロシアが国家プロジェクトとして進める大規模事業への投資も求めている。
関係者によると、プーチン氏は安倍氏との昨年5月の電話会談でロシア側の要望を踏まえた協力プランの具体化に言及した。ロシア大統領府によると、プーチン氏が昨年末に菅首相へ送った新年メッセージでも、経済協力の活性化に向けたロードマップ(行程表)を策定する意義が強調された。
■最低でも300億ドル
日ロ間の貿易高についてプーチン氏は「最低でも300億ドルまで拡大できる」と主張している。だが、新型コロナの影響もあり、20年は3年ぶりに200億ドルを下回る見通しだ。
大手商社幹部は協力プランについて「ロシア側の課題は分析できていたが、どう実行していくかの具体策が足りない」と指摘。日ロの経済協力は双方にメリットがあるとして「政府と民間がもっと議論を重ねる必要がある」と訴える。(モスクワ 則定隆史、東京報道 広田孝明)
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