北方領土最大の水産企業を率いたウラジミール・ボチャルニコフ氏が死去

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択捉島、色丹島、サハリンで水産加工場を展開しているクリリスキー・ルイバク(千島の漁師=ギドロストロイ・グループ)社を率いたウラジミール・ペトロヴィッチ・ボチャルニコフ氏が亡くなった。

択捉島の地元紙「赤い灯台」は、ギドロストロイ社を創設したヴェルホフスキーや択捉島を管轄するクリル地区議会議長のベラウソワの追悼コメントを掲載した。

彼は若い頃に択捉島にやって来て、長年、建築工として働き、ついにはギドロストロイ社の主任技師の地位に就いた。

その後、彼の人生は劇的に変わった。建設の代わりに、主な仕事は漁業、水産加工、サケの養殖に取り組んだ。

クリルスキー・ルイバクの CEO 在任期間中、択捉島レイドヴォ村(別飛)とキトヴイ村(内岡)、サハリンのオゼルスコエ村、そして色丹島クラボザボツコエ村(穴澗)に近代的な水産加工場を整備した。

彼は人生のほとんどを公共活動に捧げられた。択捉島を管轄するクリル地区議会議員に2回当選し、予算委員会の委員長を務めた。彼の言葉は常に重みがあり、人々は彼の意見に耳を傾け、彼の意見は議会と地区行政の両方で高く評価された。

ウラジミール・ペトロヴィッチ・ボチャルニコフの人間的、職業的な資質は、仕事やプライベートで彼に出会ったすべての人に尊敬の念を抱かせた。彼は果たせない約束を決してしなかった。そして、もし何かを約束したら、間違いなくそれを実行した。約束と行動の人。彼はいつもそうだった。

                       (択捉島の地元紙「赤い灯台」2024/10/30)

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