ロシアに翻弄される漁業の町、北海道根室に再び試練

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ロイター2022/4/15 Daniel Leussink

 飯作鶴幸さんは高校を卒業して間もないころ、旧ソ連の収容所に1年近く抑留された。旧ソ連が実効支配し、日本も領有権を主張する北方領土(ロシア名:クリル諸島)周辺でタラ漁をしていて拿捕された。

 生まれ故郷の色丹島に連行された飯作さんは、サハリンの収容所へ送られ、石灰石を採掘する労働をしながら成人を迎えた。1963年9月、北海道根室市へ戻った。

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 それから約60年、ソ連が崩壊してロシアとなった今も、漁業を営む飯作さんはモスクワの動きに気をもんでいる。ウクライナ情勢を巡って日本とロシアの関係が冷え込み、毎年この時期に開かれる漁業交渉の行方が定まらないためだ。

 霧の立ち込める4月12日の寒い朝根室の歯舞港には数隻の漁船が陸揚げされたまま留め置かれていた。例年なら家族に見送られ、サケ・マスの流し網漁へ出ているころだが、漁獲量など操業条件を巡る交渉がロシアとの間で妥結しておらず、出漁できずにいる。

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 「戦後、ロシアと色々な問題があっても漁業関係だけはずっと続いてきた。こんなことは今までない」と、飯作さんは言う。

 日本とロシアが毎年行う漁業交渉は4つあり、アムール川へ戻るサケ・マスを日本の200カイリ水域で捕るための協議がトップバッターだ。歯舞群島にある貝殻島のコンブ漁、ロシア水域で操業するサンマ漁など、残る交渉に影響を及ぼす可能性があり、水産業関係者は行方を注目している。

 日ロ両政府は例年の漁解禁日から1日経った4月11日にようやく協議を始めたが、15日時点で合意に至っていない。金子原二郎農相はこの日の参院本会議で、「日本の漁業関係者が受け入れ可能な操業条件が確保されるようにしっかり交渉したい」と述べた。

 第2次世界大戦終結前の根室は北方4島と一体で、戦後にロシアが実効支配するようになってからもこの海域を通じて生計を立てている人が多い。海産物の加工業なども合わせると、就労者の約4割が水産業に従事している。

 ロシアはあらゆる面で身近な存在で、いたるところにロシア語の看板が立っている。ロシアが先日国後島で軍事演習を行った際は市内から火花が見え、揺れを感じたという。漁港には今もロシアの漁船がウニを運んでくる。ロシアの動向は街の経済と市民の生活を直撃する。

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 市内で鮮魚店を経営する日沼茂人さん(71)はかつてカニを捕っていたが、旧ソ連が1976年に200カイリ漁業専管水域を設定して漁ができなくなり、漁師をやめた。2015年にロシア200カイリ内でサケ・マス流し網漁が禁止されると、特に紅サケを売ることができなくなり店の売り上げに影響が出た。

 「一番懸念するのは4つの交渉すべてがだめになること」と話す日沼さんは、「新型コロナ(ウイルスの流行)が2年続き、第7波が来るか来ないかというときにウクライナの問題が発生した。毎日テレビでニュースを見ているが、どうなるのだろうと思っている」と語る。

 サケ・マス漁のシーズンは6月まで。日沼さんによると、交渉が妥結しないと漁師は1隻6000万─7000万円の収入を失う。日沼さんの店で扱うサケは1本およそ9000円で、1日50本売れるとしたらその売り上げがすべてなくなる。

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 1970年に4万5000人いた市の人口は、2万4000人まで減少した。ロシア側の漁業政策が変わるなどして漁獲量が減り、廃業する漁業関係者が増えて若者の働き口が減ったことが大きい。「漁業ができないと、ここに住むことができない、廃業になる。まもなく(人口は)2万人になる」と、旧ソ連に拿捕されたことがある飯作さんは言う。

 飯作さんは日本に戻ってから漁を続け、漁業関係者の代表者としてモスクワの交渉の場に何度も出向いたが、ロシア海域で流し網漁が禁止されるとサケ・マスは採算が合わなくなった。2016年以降はサンマ漁に船を出している。

 8月から始まる今年のサンマ漁のための交渉はウクライナ侵攻前にすでに妥結しているが、ロシア海域に入るための許可証がまだ発行されていないという。来シーズンの交渉も不透明だ。

 「根室は漁業、水産が基幹産業なので、これがなかったら根室にいる価値がなくなる」と、飯作さんは言う。「文化もなくなる。栄えないところに文化はない」

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