幻に終わった「根室と北方四島の地域間交流」構想

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新型コロナの水際対策が緩和されたことで、根室市内では乗員上陸の許可を受けて、買い物をするロシア人船員の姿が見られるようになった。北方四島から花咲港にウニを運んでくる運搬船の船員たちである。

日本の入管法は、船員手帳を所持している外国人が休養等の目的で寄港地に一時的に上陸する場合、「ビザなし」で7日又は15日の範囲内で滞在を認めている。

ドラッグストアで見かけたロシア人船員は買い物リストを片手に、薬や化粧品を探して店内を行ったり来たりしていた。大方、知り合いから買い物を頼まれてきたのだろう。

ビザなし交流が当たり前の日常として行われていたコロナ前のこと。その年のビザなし交流の全日程が終了し、北風が吹き始めた初冬に、国後島に住むロシア人の友人と根室市内のスーパーでばったり出くわした。「いや~なに、ちょっと買い物に」と、何だかバツが悪そうだった。彼は船員などではなく会社の社長だった。

ロシア人が普通に街を歩き、買い物をする日常が戻った—それはそれで市中経済にも良いのだろうと考えながら、どこか割り切れない思いが残るのは、元島民をはじめ日本人が北方四島に渡れない状況が4年以上も続いているからに違いない。

北海道根室振興局を定年退職した後、根室市役所で北方領土対策の仕事をするようになったのは2019年4月だった。真っ先に取り組んだのは、根室管内1市4町(北方領土隣接地域と呼ぶ)と北方四島の住民による地域間交流の実現だった。

ビザなし交流の枠組みを活用して、海を挟んで隣り合う根室管内と北方四島の住民が毎年、行き来して、行政や経済、教育、文化、スポーツなど様々な分野で交流を深化させ、「顔が見える近所付き合い」の関係を築こうというものだ。

例えば、政府レベルでは外務省が所管する「貿易経済日露政府間委員会」があり、北海道とサハリン州レベルでは「友好・経済協力に関する提携」のもと知事定期会談が行われる。四島交流の玄関口である根室管内とそのカウンターパートである四島側の南クリル地区(国後島、色丹島、歯舞群島)、クリル地区(択捉島、ウルップ島など)との間には、そもそも話し合いが出来る場がなかった。

地域間交流を進める中で、定期的な首長会議を開催し、両地域が抱える課題について情報共有を図り、共同で取り組み可能なものについて協力していく。地域の経済団体や企業家同士が毎年顔を合わせて商売の話をしたり、文化やスポーツの関係者が互いに作品を発表したり、交流試合を行って絆を深める場をつくることが狙いだった。

当時、安倍総理が提唱した四島における共同経済活動は、優先分野こそ示されたものの、主権の壁を乗り越えられず具体化しなかった。国同士ががっぷり四つに組んでの交渉では難しいことでも、気心が知れたお隣さん同士なら、突破口を開けるかもしれない。まずは小さな共同の取り組みから始め、国同士の「交渉」を後押ししよう、そんな意図もあった。

思い描いていた取り組みは、北方四島にある日本人墓地の整備だった。定期的に開催する首長会議などで、四島側に協力を申し入れ、倒れた墓石の修復や墓地周辺の整備、恒久的な慰霊碑の設置などを実現するための知恵を出し合う。択捉島の振別には江戸時代末期に北辺警備で派遣され、病気などで命を落とした松前や東北各藩の藩士の墓が放置されたままになっている。墓地としてとらえるか、史跡と位置付けるかは考えようだが、人道的、文化的な取り組みから始めるのが良いのではないかと思っていた。

2019年10月、その年の最後の訪問団として、四島住民代表団が根室に到着した。市役所を表敬した代表団に、石垣雅敏市長から地域間交流を提案し、翌日には根室管内1市4町でつくる「北方領土隣接地域振興対策根室管内市町連絡協議会」(北隣協)の主催で初めて歓迎会を開催し、地域間交流の必要性を訴えた。

代表団を率いるクリル地区議会の議長は帰島前の記者会見で「近隣関係にある地域間の交流に非常に関心を持っている。例えば根室市長に来てもらい、お返しとして、われわれも同じような構成で根室管内を訪れる民間外交になるのではないか」と語った。翌年のビザなし交流の枠組で、まずは小規模な訪問団で試行を重ね、ビザなし交流30周年の2022年に本格実施できればと考えていた。

国や北海道、ビザなし交流の実施団体などに要請活動を行い、準備にとりかかったところで新型コロナが大流行。それからの2年間ビザなし交流はすべて中止となった。いずれパンデミックが収まれば交流は再開できると期待していたが、大事件が起きた。2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻したのだった。

欧米諸国と足並みを揃えて対ロ制裁を課した日本に対して、ロシアは北方領土交渉の停止、3つあるビザなし渡航の枠組みのうち北方墓参を除く、ビザなし交流と自由訪問を停止した。共同経済活動の協議からの離脱も発表した。さらに日本を非友好国とし、元島民の組織「千島歯舞諸島居住者連盟」を好ましからざる団体に指定するなど、日ロ関係は悪化の一途をたどり、地域間交流どころか人道的な観点から実施されてきた先祖の墓参りさえかなわない状況となってしまった。

2023年9月3日、択捉島クリリスク(紗那)では「軍国主義日本に対する勝利と第二次世界大戦終結の日」を祝う式典が開かれていた。その年の6月、それまで「第二次世界大戦終結の日」としていた祝日の名称が変更され、「対日戦勝記念日」として明確化された。式典では各界のトップが演説を行った。択捉島の地元紙「クラスヌイ・マヤーク(赤い灯台)」が、その内容を伝えていた。

――日本に対する勝利の日に「対日戦勝記念日」という本当の名前が付けられた。戦後何年もの間、私たちは平和条約こそなかったものの、まるで隣人のように暮らしてきた。しかし、2022年2月、ナチスの過去を恥じないヨーロッパ人だけでなく、控えめで洗練された日本人も仮面を脱ぎ捨てた。ファシストと同様に、私たちの隣人も、アジアで想像を絶する残虐行為を行っていた。日本軍は「殺し尽くし・焼き尽くし・奪い尽くす」という三つの原則で行動した。1937年、日本軍は中国の南京を占領した。そこで歴史に残る大虐殺が行われ、35万人以上が殺された。日本の軍国主義者はサハリンでも残虐行為を行い、朝鮮人を殺害した。日本軍は人々を刀で切り刻み、銃剣で刺し、生き埋めにし、焼き殺した。様々な情報源によると、日本占領中に2,300万人以上が殺害された(原文を要約)

同紙によると、この演説をしたのは地域間交流に理解を示してくれていた、あのクリル地区議会の議長であった。

今年3月、「北方領土は日本に引き渡すべき」と日本メディアに語っていた国後島のロシア人男性が裁判所から警告を受けたというニュースが伝わった。実際にはそのような主張をしていなかったが、ビザなし交流で何度も根室を訪れ、親日的とみなされていたこの男性が狙い撃ちされた可能性がある。

四島には日本との交流を大切に思ってくれているロシア人が大勢いるが、そうした人々への当局の牽制、警告と受け取れなくもない。先の大統領選挙で、プーチン氏の得票率が90%を超えた北方四島で、口には出さずとも日本との関係を大切に思ってくれているロシア人島民に不利益が及ばないことを願うばかりだ。          

 (ボストーク57号(NPO法人ロシア極東研機関誌)2024年4月15日発行)

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