北方領土ノート

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突然の侵攻「8月28日、ソ連軍に占拠された」「屋内ニ侵入金品ヲ掠奪スルコト平然」

産経新聞2020年8月27日 戦後75年 領土の記憶(1)突然の侵攻「8月28日、ソ連軍に占拠された」    北方領土がソ連(現ロシア)に不法占拠されて8月28日で75年になる。1855年の日魯(にちろ)通好条約で日本領と定められた択捉(え...
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8月28日 空挺部隊は悪天候のため、択捉島の天寧飛行場を見つけられなかった

大陸側にあるソヴェツカヤ・ガヴァニのポストバヤ湾から、択捉島を占領するため空挺部隊が2機の水陸両用航空機「カタリナ」で飛び立った。(※スラヴィンスキーの「千島占領1945年夏」では26日) 2機は択捉島の戦略施設である天寧飛行場(現ペトレル...
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1945年8月28日12:00 ソ連軍、択捉島・留別浜に上陸

8月28日13:15(日本時間11:15)掃海艇2隻T-589、T590が択捉島の留別湾に入港(海岸1.5kmに停泊)した。掃海艇偵察部隊が搭載ボートで上陸し、20分後日本軍の自走艀を確保して運び込んだ。掃海艇T-589(113狙撃旅団第3...
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8月27日 松輪島を武装解除し、カムチャツカ軍がウルップ島へ進軍

1945年8月27日、クリル諸島上陸部隊の主力はマトゥア島(松輪島)に到着、日本兵を武装解除した。この日、カムチャツカ防衛区軍司令官のグネチコ少将は第2極東戦線の司令部から、カムチャツカ防衛区軍の戦闘ゾーンをウルップ島(得撫島)にまで拡大す...
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8月26日 クリル諸島で武装解除続く、大泊から択捉島上陸・占領部隊が出撃

1945年8月26日、クリル諸島の占領作戦が続いていた。ボロノフ大佐指揮下の偵察部隊がシムシール島(新知島)に上陸。この大きな島は無人だったが、ソ連軍は日本軍の残党を発見し、要塞や兵舎、倉庫に火をつけ破壊した。同じ日、グネチコ少将指揮下の上...
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8月25日 ソ連軍南サハリン占領、北方四島への上陸作戦を準備

1945年8月25日、ペトロパブロフスク海軍基地とカムチャツカ防衛区の部隊による北クリル占領作戦は続いていた。デニーソフ海軍少佐が指揮する第1偵察部隊は温禰古丹島(現オネコタン島)、捨子古丹島(現シアシュコタン島)に上陸し、日本軍を武装解除...
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8月24日 ソ連軍、北クリルのパラムシル島を解放、さらに南下

1945年8月24日、ペトロパブロフスク海軍基地とカムチャツカ防衛区軍の部隊は北クリルのパラムシル島とその南に位置する島々の日本軍の武装解除を開始した。カムチャツカから198狙撃連隊がパラムシル島に追加派遣された。ロパトカ岬に駐屯していた第...
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8月21日 占守島の日本軍を武装解除 南樺太では北海道上陸作戦の準備が進められた

1945年8月21日、占守島の日本軍は札幌の第5方面司令部から敵対行為をやめ武器を置くよう命じられた。同じ日、ソ連軍第2極東軍はスターリンから、占守島の戦闘を2~3日延期する許可をとった。日本軍はソ連がさらなる戦いの準備をしていることを知ら...
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8月20日 ソ連軍、樺太・真岡に上陸 占守島では戦闘続く

8月20日の朝、占守島の片岡基地(現バイコヴァ)に向かった地雷敷設艦オホーツク、警備艦キーロフおよび数隻の掃海艇は第2クリル海峡(占守島と幌筵島の間)に入ったところで、日本軍の攻撃を受けた。前日、停戦合意から一転、ソ連指揮官は堤師団長が停戦...
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1945年8月18日 ソ連軍、占守島に上陸 165・171高地を奪取

8月18日未明、カムチャツカ防衛区軍とペトロパブロフスク海軍基地からなるソ連軍は占守島北東海岸に上陸したが、計画通りにはいかなかった。ピョートル・シャトフ率いる先遣隊に続き、第1、第2梯団が国端崎と竹田岬の間の5kmの狭いビーチに上陸した。...