国後島ユジノクリリスク(古釜布)では、インターネットは単なる技術ではなく、ドラマ、コメディ、そして神秘主義の要素が織り交ぜられた壮大な物語だ。ここでは、ユーモアと皮肉を交えながら語られる、その物語のいくつかのエピソードを紹介しよう。
「デジタルデトックス、クリル流」
2025年12月初旬から、ユジノクリリスク地区ではモバイルインターネットが部分的に遮断された。当局はこれをテロ対策のための連邦政府の措置としている。住民は、紙の地図を使ったり、直接会って話したり、さらには…手紙を書いたりといった、忘れかけていたスキルを再発見せざるを得なくなった。ある住民は冗談交じりにこう言った。「インターネットのせいでずっと開いていなかった本を、やっと全部読めるようになったよ。でも、画面のバックライトなしで読む感覚はもう忘れちゃった気がするけどね。」
「ホワイトリスト」:残されたものとは?
「ホワイトリスト」に登録されているウェブサイト(例えばソーシャルメディアのVKontakte、Odnoklassniki、インスタントメッセージアプリのMax、Gosuslugi=政府のポータルサイト、オンラインショップのOzon、Wildberries、銀行、メディア、主要サービスなど)には部分的にアクセスできた。あるユーザーは「最悪だ。これでできることは、配送ができないせいで受け取れない商品を注文して、インターネットサービスがすぐに復旧するというニュースを読むことだけだ」と皮肉った。
一体誰の責任なのか?
地元当局は、制限措置の発案者は自分たちではなく、解除時期も分からないと強調した。ソーシャルメディアには、「誰がインターネットを遮断したんだ?連邦政府機関か?そもそもインターネットが何なのか分かっているのか?」「インターネットが使えない?カモメがまたケーブルを引っこ抜いたに違いない。光るものが大好きだからな!」といったジョークが飛び交った。
技術的な「奇跡」
過去にも、この地域では回線断線による接続障害が発生していた。住民の中には、原因は海風だと疑う人もいれば、「うちのインターネットは気まぐれなティーンエイジャーみたいだ。たまに使えるのに、突然反抗し始めるんだ」と冗談を言う人もいた。中には「ケーブルが海に隠れて、魚がWi-Fiを使っている様子を観察しているんじゃないか」と冗談を言う人もいた。
結論:インターネットは哲学
結局、多くの人が「ユジノクリリスクのインターネットは人生と同じだ。使える時もあれば使えない時もある。そして、その理由は誰にもわからない」という結論に達した。ある機知に富んだ住民はこう締めくくった。「もしインターネットが人間だったら、気分次第でしか動かないだろう。そして、その気分は外のいつもどんよりとした天気に左右されるようだ」
だから、もしユジノクリリスクでインターネットが使えなくなっても、心配しないで。それは、現実世界も確かに存在することを、この街流のやり方で思い出させてくれるだけなのだから!(国後島の地元紙「国境にて」テレグラム2026/3/31)


