ロシア非常事態省の上級検査官で国後島に30年以上住んでいるドミトリー・ソコフさんは6年前からグラス・フロート(ガラス製の浮き球)の収集を始めた。「多分、世界で一番多くのコレクションを持っているのは私ではないか」という。
国後島の海岸では、嵐の後に大量の浮き球が出現する。
日本人は約100年のあいだ、浮き球を使用して漁業を営んできたから。冬の嵐が海岸を激しく打ち付けた、その跡から何百個というガラス製の浮き球が現れる場所がいくつかある。雪が解け、草が伸びていない4月の終わりから、そんな海岸を歩き回る。多い時には1日で500個も発見することもある
ドミトリー・ソコフさんが収集を始めたきっかけは、サハリンの有名な歴史家・イゴーリ・サマリン氏の影響だった。「彼が私たちの島で見つけた浮き球をサハリンに送る手伝いをしていたが、そのうち、一見普通のガラス玉に多くの謎が隠されていることに気づいた」という。
内部に海水が入っている浮き球がある。網に大きな魚がかかると、浮き球は海底にもっていかれ、何かの拍子で網から外れ、そのまま長い時間がたつと水圧によつて、目には見えないガラスの小さな孔から海水が浸透していく。
浮き球内部の海水や空気は100年前のものかもしれない
コレクションの中には「ブッダの頭」と呼ばれる珍品もある。
世界で3つしかないものだ。日本とアメリカ。私はそれを国後島で見つけた。茶色の浮き球は世界に2つだけ。私のコレクションの中で最もユニークなのは、ソーセージ型の浮き球だ
残念ながら、アジア製の浮き球の多くは製造元の特定が困難である。ヨーロッパ製にはほとんどロゴが入っている。クリル諸島では「川口」(※小樽の川口ガラス)の浮き球が数千個も見つかっている。
世界に浮き球コレクターは数百人いるが、自分で探し歩いてる人は5%に過ぎないという。多くの人は購入し、交換しているだけだ。ソコフさんは妻のオリガさんと一緒に、国後島だけでなく、択捉島やコマンドルスキー諸島にも出かける。
希少なものは1000ドル以上で取引される。それらの価値は下がることはなく、上がるばかりだ。しかし、私にとっては、バックパックを背負って歩いたり、ボートに乗って人里離れた美しい場所を訪れることが何にも代えがたく、重要なことだ
ソコフさんは1967年、ウラジミール生まれ。ディミトロフ漁業大学を卒業後、魚類学者の道を歩み、国後島ユジノクリリスク(古釜布)に来た。天然資源省の特別検査官としてクリル自然保護区で魚類の保護にも携わった。登山家としても知られ、7大陸の最高峰に登頂している。
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