忘れられていた映画が甦る
1936年(昭和11年)に国後島でロケを敢行し、同年6月に公開された内田吐夢監督の映画「生命(いのち)の冠」は、戦前の国後島の情景を映像として今に伝える、おそらく唯一の映画である。
北方領土に関心がないという人でも、デビュー2年目、当時15歳の原節子が出演している映画として、知る人ぞ知る映画である。
この映画は長らく忘れられていたが、ひょんなことから再発見されたという。
ノンフィクション作家の石井妙子氏によると、「本作品は長く存在を忘れられていたが、2011年にひょんなことから再発見された。きっかけはロシアのメドベージェフ前首相の北方領土訪問だった。(注:訪問は2010年11月、メドベージェフは大統領だった。ソ連・ロシアの国家元首が北方領土を訪問したのは初めてだった)日本政府はこれに強く反発して外交問題となったが、北方領土への関心がにわかに高まる中で『原節子が戦前に出演した幻の北方領土映画』として本作が発掘され、DVD化された」という。
2014年には中日映画社が活弁版DVDを発売している。根室振興局が北方領土遺産発掘・継承事業として、2015年10月24日に根室市内で上映会を開催した時に使用したのは、上映時間55分の活弁版だった。
国立映画アーカイブによると、オリジナルは94分のトーキーだが、現存プリントは無声の短縮版。マツダ映画社所蔵16mmインターネガからの複製とある。
<作品概要>
❐監 督
内田吐夢
❐キャスト
有村恒太郎=岡譲二 有村の妻・昌子=滝花久子 有村の弟・欽次郎=井染四郎
有村の妹・絢子=原節子(当時、デビュー2年目の15歳)
❐脚 本
八木保太郎
❐原 作
山本有三
❐制作年ほか
1936年(昭和11年)日活多摩川制作
❐公開年月日
1936年(昭和11年)6月4日
❐上映時間ほか
モノクロ/サイレント(無声、活動弁士版)/55分
<あらすじ>
物語の舞台は国後島・古釜布にあった蟹缶詰工場(碓氷缶詰古釜布工場)。不漁続きの上に、蟹を獲っていた漁船が遭難し13人が亡くなる事故も重なって、経営が悪化していく中、輸出先の英国の会社との契約を守るため、破産を覚悟で、契約通り品質にこだわった一等品の缶詰を製造し、ついには工場を手放すことになる経営者家族の葛藤を描いた作品。
<作品の特徴>
主演の岡譲二らロケ隊一行が国後島に渡ったのは、1936年(昭和11年)4月頃。撮影では、碓氷缶詰古釜布工場の女工さんや蟹漁に携わる漁師たちがエキストラで出演。荒波にもまれながらの蟹漁の様子や工場内での缶詰の製造工程などもドキュメンタリー的に紹介されており、当時、外貨獲得の花形産業といわれた蟹缶詰産業の貴重な映像資料にもなっている。映画の中では、吹雪の中の古釜布の家並みや雄大な雪原、漁船が出入りする港や流氷が打ち寄せる海岸の風景などが随所に織り込まれ、80年以上前の国後島の情景が記録されている。
原節子は国後島には来なかった
さて、原節子である。映画では主人公の缶詰工場の経営者、有村恒太郎(岡譲二)の妹・絢子で、カニ漁船に乗り込み遭難事故で亡くなってしまう伊沢一郎演じる北村英夫の恋人を演じている。
ロケ隊一行が宿泊した国後島・古釜布にあった沢崎旅館の沢崎文二さんは手記の中で「裏話になるが原節子は船酔いが理由とかでフルカマップには遂に姿を見せず、ファンをがっかりさせたものだ」と書いている。