択捉島・蘂取、はるかなり。
米国に父を殺され、ソ連に故郷を奪われた少年

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今年92歳になるショウヘイさんは択捉島蘂取(しべとろ)村出身である。

4年前の北方領土墓参で初めてお会いした。

その日の蘂取浜は波が高かった。

岬を回り込み、上陸できる場所をやっと探し当てた。

拳ほどの丸い石がゴロゴロしている小さな浜だった。

祭壇を設け、慰霊祭の準備を始めた。

根室から蘂取まで一昼夜の船旅だ。

ショウヘイさんは穏やかな口調で語り始めた。

米軍に父を奪われ、ソ連に故郷を追われた少年の物語だ。

1945年(昭和20年)7月15日早朝の根室港。

島に帰るため父、妹と浦河丸の船室にいた時、米軍機の空襲を受けた。

ロケット弾の直撃で船は沈没。

兄妹を残し、父は死んだ。

同年8月28日。

択捉島にソ連軍が上陸。蘂取にも進駐した。

雑貨商だったショウヘイさんの家にはソ連兵が何度も押し入り、めぼしいものを持ち去った。

放火のぬれぎぬを着せられ、裁判にもかけられた。

2年後、引き揚げの日が来た。

浜から船に乗った。

飼い犬たちがクーン、クーンとか細く鳴いて、波際を行ったり来たりしていた。

厳しい自然の中で、犬は頼れる家族だった。

船が動き出した。

たまらず1匹が海に飛び込むと、他の犬も続いた。

7匹の犬が飼い主を追ってけなげに泳いだ。

船は速度を上げる。

「もう帰れ」と誰かが叫んだ。

こらえてきた悔しさ、悲しさがあふれ出でた。

トッカリモイ崎に慟哭が響いた。

丸い石がゴロゴロした小さな浜がトッカリモイ崎の浜だった。

あの時以来、初めてそこに立った。

ショウヘイさんの追悼の言葉が震えた。

(北海道新聞2020年2月16日「朝の食卓」)

択捉島蘂取村出身の山本昭平さんからは、何度か体験談をお聞きしていますが、毎回、きまってウルウルする場面があります。

飼っていた犬たちが海に飛び込み、飼い主たちが乗った引揚船を追ってくるシーンです。

もちろん実際に見てはいませんが、不思議なことに、その場にいたかのような確かな映像として脳裏に焼き付いています。

山本さんの体験は、ロシア語通訳の不破理恵さんが長い時間をかけて詳細に聞き取り、「セルツェ–心」(東洋書店新社)という本にして残してくれました。

ぜひ読んでもらいたい一冊です。

先日、フェイスブックの投稿で、山本さんのお元気なお姿を拝見しました。今年96歳になられましたが、まだまだかくしゃくとされています。

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