高市首相「ロシアと平和条約を締結する方針に変わりない」と表明

北方領土返還運動

高市早苗首相は、7日に行われた第45回「北方領土返還要求全国大会」で「ロシアとの関係は現状、困難を極めている。しかし、北方四島問題の解決と平和条約締結に関する日本の立場は変わらない」と述べた。首相はまた、この問題が未だ解決されていないことを嘆いた。

「戦後80年が経過したが、ロシアとの領土問題は未解決のままであり、平和条約も締結されていない。これは誠に悔しく、残念であり、政府はこの事態を非常に深刻に受け止めている」と強調した。日本では、2月7日が北方領土記念日である。この日は、1855年にロシアと下田条約が締結され、国後島、色丹島、択捉島、歯舞群島が日本に割譲された記念日である。この出来事を記念して、毎年、大臣や副大臣が出席する全国大会が開催され、政府首脳が演説を行う。

第二次世界大戦終結後、平和条約が締結されていないことで、両国関係は長らく悪化している。主な障害となっているのは、南クリル諸島(北方領土)問題である。モスクワは、これらの島々は戦後ソ連の一部となり、その主権はロシアにあると主張している。これらの島々をめぐる領​​有権は争点となっていない。

1956年、ソ連と日本は共同宣言に署名し、ソ連は平和条約締結後、歯舞群島と色丹島を日本に引き渡す可能性について検討することに同意した。国後島と択捉島の帰属については言及されなかった。ソ連はこの宣言によって紛争が解決することを期待したが、日本はこの文書を解決策の一部としか考えず、すべての島々に対する領有権を放棄しなかった。その後の交渉は成果を上げなかった。

※「歯舞群島と色丹島を日本に引き渡す可能性について検討するこに同意した」というのは意図的な言い換えだろう。日ソ共同宣言には「ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする」と明記されている。

第二次世界大戦の勃発後、日本が制裁を課した後、モスクワはこの問題に関する対話を放棄した。ロシアはまた、南クリル諸島への日本人のビザなし渡航を停止し、島々における共同経済活動に関する交渉から撤退した。(リア・ノーボスチ2026/2/7)

令和8年北方領土返還要求全国大会での高市総理の挨拶(首相官邸ホームページより)

 『令和8年 北方領土返還要求全国大会』の開催に当たり御挨拶申し上げます。

 『北方領土の日』である本日、参加者が集い、大会が開催されますことは、大変意義深いものと考えます。会場にいらっしゃる皆様、オンラインで本大会を御覧になっている皆様、そして、全国各地で、北方領土問題の解決に向け、ひたむきに取り組んでおられる皆様の、日頃からの御尽力に、心から敬意を表し、感謝を申し上げます。

 戦後80年が経過した今もなお、ロシアとの間では北方領土問題が解決されず、平和条約が締結されていないことは、誠に悔しく、残念であり、政府としては、こうした状況を重く受け止めています。

 現在の日露関係は、ロシアによるウクライナ侵略を受け、厳しい状況にあります。

 しかし、『北方四島の帰属の問題を解決し、平和条約を締結する』という政府の方針に変わりはありません。政府として、粘り強く、ロシア側と意思疎通を図ってまいります。

 私自身、かつて、北方担当大臣として、納沙布(のさっぷ)岬から北方領土を視察いたしました。元島民を始めとする関係者の方々から、生まれ故郷を追われたその後の御苦労や北方領土の返還を望む切実な願いを直接伺うとともに、北方領土隣接地域が置かれた厳しい状況を痛感しました。

 また、昨年12月1日には、北海道及び北方領土隣接地域の自治体の皆様から、北方墓参の早期再開などの御要望もいただきました。御高齢となられた元島民の皆様の切実なお気持ちを考えれば、北方墓参の再開は、すぐれて人道的な問題であり、日露関係の最優先事項の一つです。政府として、今後もロシア側に対し、再開を粘り強く働き掛けてまいります。

 北方領土問題は、国民全体の問題であり、国民が一丸となって取り組むことが不可欠です。また、我が国の立場が国際社会において正しく理解されることも重要です。政府として、今後とも、国民世論の啓発や対外的な情報発信に広く取り組んでまいります。

 国民の皆様の力強い御支援を賜りますよう、改めて心よりお願いを申し上げます。

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