鳥羽一郎さんの「兄弟船」、もともとは国後島への思い込めた歌詞だった…「きっとおやじもヨー 帰りたいだろな」

北方領土遺産
歌詞を指さし、原曲を紹介する鳥羽一郎さん(30日、根室市で)

 演歌歌手・鳥羽一郎さんのヒット曲「兄弟船」。実は、もともとの歌詞は国後島を歌ったものだったことは、あまり知られていない。鳥羽さんは30日、北海道根室市の歯舞漁港で開いた海難遺児チャリティーコンサートで「原曲」を40年ぶりにフルコーラスで熱唱し、元島民らを前に「これが最初の『兄弟船』なんだ!」と叫んだ。(石原健治)

 曲が誕生したきっかけは1981年、スポーツ新聞とレコード会社が提携して北海道の歌を作ろうと歌詞を募集。釧路市出身の作詞家・木村まさゆきさん(84)(札幌市)の作品が佳作に選ばれ、それが「兄弟船」だった。

 原曲は、故郷である国後島をソ連に奪われ、島に帰りたいと願う漁師と、その息子兄弟が船に乗るたび、目の前に見える島への悔しさと悲しさを、情感たっぷりに描いた内容だ。作曲は作曲家・船村徹さんが担当した。ところが木村さんは突然、作詞家・星野哲郎さんと面会することになり、こう言われたという。「申し訳ない。都合で私が作詞することになった」

 原曲が「お蔵入り」になった理由について、鳥羽さんはこれまで一部メディアに「(北方領土問題で)政治的な色合いが濃すぎるという反対意見が出た」と説明してきた。題名だけは残ったものの、肝心の歌詞が消えたことに、木村さんは「複雑な思いを持った」と振り返る。

原曲の「兄弟船」を作詞した木村まさゆきさん(札幌市で)

 現在の「兄弟船」の歌詞は「波の谷間に 命の花が」で始まる。30日のコンサートで、鳥羽さんは原曲を歌う前、「北方4島のこととして作ってもらった歌だった」と説明。司会に3番全ての歌詞を解説させた後、マイクを握った。「〽はるか国後 船から見える」と力強く歌い出し、「〽きっとおやじもヨー 帰りたいだろな」と締めると、元島民らは大きな拍手と喝采を送った。

 歌を聴いた国後島泊村瀬石地区出身で根室市の漁師の男性(87)は「素晴らしい。これが北方領土返還運動の歌にふさわしい」と声を弾ませた。鳥羽さんが原曲を歌唱したとの報告を聞いた木村さんは「感慨深い。良かったと思う」と喜んだ。(読売新聞2026/8/31)

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