8月28日「択捉島解放記念日」ウクライナで戦う兵士を支援するボランティアらを表彰

択捉島の話題

81年前の8月28日はソ連軍が択捉島に侵攻した日だ。北海道根室支庁の公文書「千島及離島ソ連軍進駐状況綴」にある紗那村長からの電報によると、ソ連軍が択捉島の留別に上陸したのは1945年8月28日正午である。「ソ連軍艦2隻、留別に上陸せり……電信不通、詳細文明ならず」と伝えている。ソ連兵を運んだ軍艦は、米ソの極秘作戦「プロジェクト・フラ」でアメリカ海軍が貸与した掃海艇2隻で、ソ連側資料によると、乗っていたソ連兵は177人と166にすぎなかった。択捉島の日本兵1万3,800人以上からなる第89師団をわずか343人で武装解除しなければならなかった。

択捉島の解放記念日にあたる8月28日、同島にて式典が開催され、クリル地区のコンスタンチン・イストミン市長から、「ウクライナ特別軍事作戦」の参加者への支援や地域の美化活動、文化振興の取り組みなどを行う活動家たちに「Dobro.RF」バッジが授与された。このバッジは、サハリン州のブランド「サハリン:ロシアの灯台」をモチーフにした独自のデザインが施されている。

市長は、クリル諸島(※北方四島を含む千島列島)解放の最終段階にあたる1945年8月28日、択捉島に上陸したソ連海軍歩兵の英雄的功績と、現代のボランティアによる献身的な活動との間に見られる、時を超えた象徴的なつながりを強調した。また、こうした表彰を受けることはボランティアの貢献が極めて高く評価されたことを意味するものの、地域社会の生活にボランティアが個人的に関わっているという点こそが、最も重要な側面であると指摘した。(sakh.online 2026/8/28)

8月28日は択捉島解放記念日―。(イストミン市長のテレグラムより)

1945年8月28日は、クリル諸島解放に向けたソ連軍の作戦が最終段階に入った日でした。約100名からなる海兵隊の中隊が、択捉島のルベツ湾(留別)に上陸しました。当時の情報によれば、日本軍守備隊の兵力は1万人を超えていました。敵を制圧する部隊を支援するため、急遽、別の中隊が派遣されました。第二次世界大戦の終結まで、あと5日という時期のことでした。本日授与されたこのバッジは、時を超えたつながりを象徴しています。かつて、私たちの兵士たちがクリル諸島を解放しました。そして今日、地域の仲間たちが(ウクライナ戦争の)前線を支え、地域社会を大切にし、善行を重ねています。

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