ソ連占領から1年 国後島、色丹島、歯舞群島ではまだ破壊・略奪が横行していた

日ソ混住時代

「歴史読本 サハリン州立公文書館紀要第2号(1994年)」より

1946年9月11日

南クリル地区民政局長が発した同地区内における財産の破壊および略奪の防止に関する命令より(資料番号107)

 (注・南クリル地区とは国後島、色丹島、歯舞群島をさす)

……集落内の住宅や、工場・プラントの設備を解体・略奪することに対して、書面および口頭で厳重に禁止する旨が通達されていたにもかかわらず、こうした略奪行為は今日に至るまで続いている……。例えば、Уекиの缶詰工場は略奪され、Китан-Кисиの製材所や瀬石の硫黄工場からは資産が持ち去られた……。

  注・Уекиは「Ueki」と読めるが場所は不明。「植」がつく地名とすれば「植内」「ウエ    ンナイ」か。

  注・Китан-КисиはKitan-Kishiで、製材所があった「古丹消」と思われる

ユジノクリリスク(注・古釜布)の集落では、日本人の学校の財産が人目のある中で略奪されたほか、家屋の基礎を囲む土台周りから板が剥ぎ取られ、その建築用木材が直ちに薪として解体されるといった事態も起きている。

ここに命じる。休止状態にある産業の復興に不可欠な住宅および産業施設の破壊は厳禁であることを、各組織、機関、企業、および一般市民に対し改めて周知徹底すること。

いかなる主体によるものであれ、かかる破壊行為は国家に対する敵対行為とみなされ、その実行者は刑法および軍法上の関連条項に基づき厳重に処罰されるものとする……。各居住地行政の長は、住宅および産業施設の全容を把握するための完全な実態調査を実施すること……。

地区民政局長

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