ソ連占領から1年後(1946年9月時点)の国後島、色丹島、歯舞群島の人口 日本人4,346人 ロシア人1,886人

日ソ混住時代

「歴史読本 サハリン州立公文書館紀要第2号(1994年)」より

1946年9月13日

南クリル地区の経済状況に関する南クリル地区民政局長の覚書より(資料番号108)

南クリル地区には5つの集落に行政区が置かれており、各機関は3名の職員で構成されている。

泊地域の人口はロシア人374名、日本人1,021名

トマリ集落行政区(泊):人口はロシア人374名、日本人1,021名、計1,395名。同行政機関の管轄区域には計33の集落が含まれるが、住民が実際に居住しているのは10~15km間隔で点在する14の集落のみであり、その総世帯数は201戸である。耕作可能地は3,600ヘクタールあるが、1946年に実際に作物が栽培されたのは52ヘクタールであった。トマリ居住地行政機関の管轄区域内には、魚類加工場、寒天工場、製材所、ヨード工場4つ、1か所の温泉が存在する。良質で波静かな湾がある。主要な産業分野は漁業、木材加工業、および野菜栽培である。ロシア人学校2校と日本人学校4校が運営されている。

古釜布地域の人口はロシア人662名、日本人1,017名

ユジノクリリスク集落行政区(※古釜布):人口は1,679名(ロシア人662名、日本人1,017名)である。同区域には30の集落が含まれるが、実際に居住者がいるのは5つの集落のみであり、それらは10~12km間隔で点在し、総世帯数は178戸である。集落の行政管轄区域の半径は最大25kmに及ぶ。ユジノクリリスクが地区の中心地となっており、その区域内には水産加工場や2つの温泉がある。温泉水は軍の診療所で治療目的にも利用されている。また、操業が停止された施設として、ヨード工場や硫黄鉱山も存在する。集落の湾は風雨を遮る条件に恵まれており、蒸気船が岸近くに停泊して荷降ろしを行うことが可能である。耕作地は70ヘクタールあり、そのうち57ヘクタールは1946年に開墾されたものである。学校については、日本人学校が4校、ロシア人学校が2校(うち1校は7年制学校)ある。主要産業は林業および漁業。ただし、戦前には硫黄の採掘や黄土の生産が行われていた。チ

乳呑路地域の人口はロシア人人口141人、日本人人口949人

チノミノチ集落行政区(※乳呑路):ロシア人人口141人、日本人人口949人、計1,090人。集落数は25だが、居住者がいるのは9集落のみで、計229世帯から成る。行政区の管轄範囲は半径30kmに及び、施設には建設中の木材コンビナート、ヨード工場5か所、銅・金鉱山、温泉、製材所2か所が含まれる。主要産業はヨード生産と林業である。行政区の面積は450平方キロメートルで、耕作可能地は390ヘクタールあり、そのうち1946年には68ヘクタールが作付けに使用された。学校は日本人学校3校、ロシア人学校1校がある。

色丹島の人口はロシア人189人、日本人509人

シコタン島集落行政区(※色丹島、大島を含む):人口はロシア人189人、日本人509人、計698人。集落数は14あるが、居住者がいるのは8集落のみである。施設にはヨード工場2か所と、月間捕獲・生産目標最大1,000ツェントナー(100トン)に対応可能な捕鯨基地が含まれる。世帯数は84で、行政区の管轄範囲は半径10kmに及ぶ。シコタン島の面積は300平方キロメートル、耕作可能地は1,330ヘクタールで、1946年には最大26ヘクタールが作付けに使用された。ロシア人学校1校と日本人学校3校がある。主要産業は林業および漁業、ならびに捕鯨(戦前)である。

志発島・その他の歯舞群島の人口はロシア人520人、日本人850人

シボツ島集落行政区(※志発島):人口はロシア人520人、日本人850人、計1,370人。同島には8つの集落があり、さらに隣接する6つの島々に14の集落がある。これら島々全体に、居住集落と世帯が存在している。当該居住地行政区の総面積は270平方キロメートルである。産業はヨード工場4か所、水産加工場1か所、カニ缶詰工場1か所。耕作可能地は110ヘクタール。うち1946年に作物の栽培に使用されたのは12ヘクタール。ロシア人学校1校と日本人学校3校が運営されている。経済の主軸は漁業およびヨード産業である。

国後島・色丹島・歯舞群島の人口はロシア人1,885人、日本人4,205人

南クリル地区の全体構成は以下の通りである。

-9つの大きな島(うち5島は有人)

-125の居住地(うち43か所は現在有人)

-総世帯数812、人口はロシア人1,885人、日本人4,205人

※前記5つの集落行政区の人口を集計するとロシア人1886人、日本人4346人の計6232人 となる。「南クリル地区全体構成」の欄ではロシア人1,885人、日本人4,205人の計6090人で、数字が合わない。5つの集落行政区の人口集計では日本人が141人多い。

-森林面積153,000ヘクタール

–陸地面積173,000ヘクタール

-耕作可能地5,500ヘクタール(うち1946年に耕作地として利用されたのは215ヘクタール)

-家畜;所有者不明の馬1,570頭(幼獣を含む)、牛33頭、小家畜56頭

-水産加工工場2か所;捕鯨基地なし;製材所4か所(うち3か所は操業停止中);寒天工場1か所;操業停止中のヨード工場13か所(その大半は破壊されている);缶詰工場2か所、操業停止中の施設3か所、温泉4か所(うち稼働しているのは1か所のみ);

ロシア人学校7校(ロシア人生徒343名)、日本人学校18校(日本人生徒834名)

日本人向け病院1か所。

戦前(すなわち1945年8月以前)の日本人定住人口は2万人を超えていた。この数字には、夏場に漁業や水産加工のために北海道から訪れる季節労働者や、缶詰・ヨード・寒天工場の労働者も含まれていた。

現在、日本人住民が不在の集落が82か所ある。これらは開戦時に住民が北海道へ避難したためだが、その多くが現在では廃墟と化している。さらに、他の多くの日本人集落でも、開戦時に住民の半数以上が北海道へ去った。放棄された集落は荒廃しているが、そのかなりの部分は修復や再入植に適している。

同地区内、具体的にはシコタン島(色丹島)やシボツ島(志発島)、およびチノミノチ(乳呑路)やトマリ(泊)の集落行政区画内に、小規模な野菜栽培・漁業の集団農場を4~5か所設立することは実現可能である。

漁業や林業の活発な事業に加え、同地区には操業停止中のヨード工場13か所、銅鉱山、その他の施設が存在する。これらは現在、大部分が廃墟となっているが、修復の有力な候補となり得るものである。

……農業はさらなる発展の可能性を秘めており、穀物類の栽培も含まれる。野菜、キャベツ、ジャガイモ、エンバク、小麦、その他の作物がこの地でよく育つ。

概算(正確な集計は困難だった)によれば、同地区の馬の飼育数は、幼駒を含めて約1,600頭である。私は馬の繁殖事業を立ち上げたが、その資産として1,570頭の馬が移管されることになっている。

ここで述べた地区の状況から明らかなように、南クリル地区は、その領土、人口規模、そして産業や農業の発展状況において、南サハリン州の多くの地区に劣らない重要性を持っている。

南クリル地区民政局長 ラプテフ

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