ユーリ・コンスタンチノヴィチ・エフレモフ(1913–1999)は、ソ連およびロシアの自然地理学者、詩人、郷土史家であり、モスクワ国立大学(MSU)地球科学博物館の創設者でもあった。2026年6月23日、小クリル自然保護区(色丹島と歯舞群島)の一部であるユリ島(歯舞群島の勇留島)の北東端にある岬が、ユーリ・エフレモフにちなんで命名された。それまで名前のなかったこの岬は、今後「エフレモフ岬」と呼ばれることになった。

小クリル自然保護区は、クリル自然保護区の管轄下にある。ロシア連邦政府のミハイル・ミシュスチン首相が2026年6月23日に発出した指令第1579-r号に基づき、またサハリン州議会の提案を受けて、北緯43度26.3分、東経146度06.3分の地点に位置する名称未定の岬に「エフレモフ」という名称が与えられた。
1943年から1944年にかけて、エフレモフは参謀本部に対し、野戦用地形図には詳細な地理的記述を併記すべきだと説く意見書を提出した。彼はモスクワに呼び寄せられ、参謀本部直属の軍事地形測量部門の組織化に携わるよう要請された。戦時中、エフレモフはソ連軍の将官向けに、作戦地域を網羅した地域ガイドブックを編纂した。
詩人の魂を持つ地名学者:千島列島への地名復元
日本軍から極東の領土が解放された後、当時参謀本部の将校であったエフレモフは、1947年から1948年にかけてサハリンとクリル諸島(北方四島を含む千島列島)へ派遣され、軍事地形測量遠征隊の地理部門を率いた。後に、この時の経験を綴った著書『Курильское ожерелье(千島の首飾り)』(1951年、1953年、1962年刊)を出版した。

エフレモフ著『千島の首飾り』は、サハリンおよび千島列島へのソ連の科学者による初期の探検の様子や、島々の自然環境、気候、地形を鮮やかに描き出した科学啓蒙書である。
エフレモフがサハリンとクリル諸島で引き受けた任務は、単なる軍事的なものではなく、はるかに複雑なものだった。数多くの地理的名称を、歴史的なロシア語やアイヌ語の呼称へと復元することだったのだ。当時、この地域の地名事情は、混沌とし、複雑に入り組んだパッチワークのような状態にあった。複数の言語や歴史的時代の影響が交錯した結果、多数の別名が生まれ、音訳をめぐっても大きな混乱が生じていた。この状況を整理し、偶然生まれたために廃棄してもよい名称と、存続させるに値する名称とを見分けるには、それらの地名の背後にある歴史への深い理解が必要だった。
日本統治以前の地名を扱う際、彼は、不当にも忘れ去られていたネヴェリスコイ、ブッセ、ルダノフスキーといったロシアの先駆者たちの功績を称えることを重視した。彼の丹念な作業と深い分析のおかげで、クリル諸島の地図は歴史的な整合性と明瞭さを取り戻した。クナシル(国後)、イトゥルプ(択捉)、ウシシルといった地名はアイヌ語由来の名称が維持され、一方で「千島の首飾り」という情緒豊かな表現は、同地域の旅行ガイドに定着することとなった。
「南サハリンの開発を導くにあたり、日本統治以前の地理的名称の価値ある要素を復元し、不備を正し、島の探検や入植の歴史を反映した由緒あるロシア語の名称を復活させることは、我々の力で成し遂げられることです。サハリンを研究した初期のロシア人将校、科学者、探検家たち、そして最初のロシア人入植者やこの地で苦難を味わった政治流刑者たち、さらには1945年に南サハリン解放の戦いで倒れた英雄たちの記憶を称えることができるのです。多くの場所には、その景観にふさわしい適切な名称が与えられるでしょうし、既存の日本語の名称を翻訳したりロシア語化したりすることで、新たな名称が定着することもあるでしょう。アイヌやニヴフの人々が暮らす地域では、本来のアイヌ語やニヴフ語の名称を復元すべきです」と、ユーリ・エフレモフは著書『南サハリンにおける日本統治以前の地名の復元について』の中で記している。
ユーリ・コンスタンチノヴィチの尽力に対する最大の報いは、小クリル列島にあるそれまで無名だった岬に、彼の名が冠されたことだった。 2026年6月23日、ロシアのミハイル・ミシュスチン首相は、ユリ島(勇留島)にある岬を「ユーリ・エフレモフ岬」と命名する政令に署名した。これにより、サハリン州議会とロシア政府は、地理学を単なる学問ではなく生涯の仕事とした一人の人物の功績を、後世に長く留めることとなったのだ。

小クリル列島・ユリ島の風景(ユーリ・スンドゥコフ撮影)
この科学者が持つ詩的な感性は、同諸島の荒々しくも美しい自然に深く呼応せずにはいられなかった。彼の詩の中で、クリル諸島は単なる地図上の点としてではなく、生きた息吹を宿した「首飾り」のように描かれている。
淡い写真の中に浮かび上がるように
幽玄なテントの列が連なり
クリル諸島の輪郭が
漂う霞の中にぼやけていく
(クリル自然保護区ウエブサイト2026/6/26より抜粋)



