千島列島・松輪島沖で沈んだ潜水艦 米国の海軍歴史遺産司令部が「USSヘリング」と確認

千島列島

米国の歴史家らは、2017年にクリル諸島(千島列島)沖で発見された潜水艦とみられる残骸が、1944年に沈没した米潜水艦「ヘリング(USS Herring)」のものであることを確認した。これは、米海軍歴史遺産司令部(Naval History and Heritage Command)の広報部が発表した。

同司令部のウェブサイトに掲載された発表文には、「RGS(ロシア地理学会)が収集・提供したデータを用い、……同司令部の水中考古学部門が、その沈没地点が1944年6月1日以来行方不明となっていた米潜水艦『ヘリング』(SS-233)の最終的な安息の地であることを確認した」と記されている。

同潜水艦の残骸は、クリル諸島中部に位置するマトゥア島(松輪島)沖の水深91メートルを超える場所に沈んでいる。米国の専門家によると、司令塔(セイル)周辺の戦闘による損傷や座礁の痕跡が見られるものの、潜水艦の保存状態は良好であるという。

なお、2017年半ばには、ロシア国防省遠征センターおよびロシア地理学会の代表者が、ロシア太平洋艦隊や東部軍管区の兵員と共にマトゥア島への遠征を実施していた。その際、沖合2.8キロの地点で同潜水艦が発見されていた。当時から専門家の間では、その船体の断片が「ヘリング」のものではないかという推測がなされていた。

米国の歴史家の記録によれば、同潜水艦は1942年に就役しました。消息を絶つまでに8回の戦闘哨戒任務を完了し、敵艦船7隻を撃沈している。最後に確認されたのは1944年5月31日、米潜水艦「バーブ(USS Barb)」との会合時だった。その翌日、「バーブ」の乗組員が水中での爆発音を記録している。その後、日本側からは、米潜水艦「ヘリング(USS Herring)」が沿岸砲台の攻撃を受けたものと推定されるとの報告がなされた。(サハリン・メディア2026/6/4)

沈没船、USSヘリング(SS-233)と特定される(dvidshub.net 2026/5/29)

米国の海軍歴史遺産司令部(NHHC)は、第二次世界大戦中の潜水艦USSヘリング(SS-233)の沈没地点を特定したと発表した。同艦は1944年6月1日、日本の松輪島沖で消息を絶っていた。

ロシア地理学会(RGS)が収集・提供したデータを、米国のボランティア研究者2名と日本の研究者1名が分析し、それに基づきNHHCの水中考古学部門が当該沈没地点をUSSヘリング(SS-233)の最終的な沈没場所であると確認した。水深300フィート(約90メートル)を超える海底に沈む同艦は、キール(竜骨)を下にした正常な姿勢を保っており、船体の保存状態も良好。司令塔周辺には戦闘による損傷が見られ、艦首には座礁の痕跡も確認されており、これらは歴史的記録と合致している。

ヘリングは1942年1月15日にポーツマス海軍造船所で進水し、同年5月4日に就役した。1944年に失われるまでに、大西洋および太平洋戦域で8回の哨戒任務を完了し、敵艦船7隻(最後の哨戒での日本貨物船4隻を含む)を撃沈する戦果を挙げた。同艦は、欧州・アフリカ・中東戦線従軍章(バトルスター2個付き)、アジア・太平洋戦線従軍章(バトルスター3個付き)、および第二次世界大戦戦勝章を授与されている。

ヘリングの姿が最後に確認されたのは1944年5月31日の夕方で、千島列島沖で哨戒海域の割り当て調整のためにUSSバーブ(SS-220)と会合した際のことだった。1944年6月1日の早朝、潜水艦「バーブ(Barb)」の乗組員は、遠方で爆発する爆雷の音を記録し、それを「ヘリング(Herring)」に関連する攻撃の証拠と捉えた。この間、「ヘリング」は「いわき丸」および「日振丸(ひぶりまる)」を攻撃し、撃沈した。その後、日本の沿岸砲台が、これら2隻が沈没した現場付近で座礁した潜水艦を発見し、砲撃を加えたと報告した。記録によれば、潜水艦が霧の中へ後退する際、砲台は司令塔に2発の直撃弾を浴びせた。座礁の痕跡と司令塔への被弾の痕跡は、現存する「ヘリング」の残骸でも確認できる。「ヘリング」は、1944年7月13日にミッドウェーへの報告を行わなかったことから、喪失したものと推定された。

2017年、ロシア地理学会(RGS)とロシア軍による合同調査隊が同海域で潜水艦の残骸を発見し、その位置と外観から当初は「ヘリング」であると報告した。2022年には、別の合同調査隊が再び現場を訪れ、残骸の状態を記録するとともに、亡くなった乗組員への追悼を行った。この調査の際、現場には記念銘板が設置された。

USS「ヘリング」(SS-233)の残骸は、米国の法律で保護され、海軍省の管轄下にある米国の沈没軍用艦船。米海軍の沈没軍用艦船に対して、リモートセンシングによる記録作成などの非侵襲的な活動を行うことは許可されているが、艦船に影響を及ぼす可能性のある活動については、海軍歴史遺産司令部(NHHC)との調整が必要であり、適切な場合には関連する許可制度を通じて承認を得なければならない。

何よりも重要なのは、この残骸が国を守るために命を捧げた水兵たちの最後の安息の地であり、戦争墓所としてすべての関係者から敬意を払われるべき存在であるということだ。

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