軍国主義日本に対する勝利によって、第二次世界大戦は決定的な終結を迎えた。それからちょうど81年、ソ連の将兵たちはついに南サハリンとクリル諸島(北方四島を含む千島列島)を祖国へと取り戻した。そして今、私たちは毎年9月3日に、この栄光の日を記念している。
敵対行為の終結以来、多くのことが変わった。戦い方は進化し、軍の姿も変貌を遂げたが、その本質は変わっていない。すなわち、強固な後方に支えられ、最前線にはロシアの「鋼鉄の盾」が立ちはだかっているということだ。式典の司会を務めたエリザヴェータ・ソロヴィヨワ氏のこの言葉は、多民族国家ロシアの市民の気質を如実に表している。
「勝利者の遺伝子があなた方の中に息づいている」。今年8月、択捉島を訪問したウラジーミル・プーチン大統領は、極東の人々についてそう語った。まさにその通りなのだ!
9月3日、誇り高い伝統に従い、島民たちは集まった。1945年に命を懸け、あらゆる努力を尽くしてサハリンとクリル諸島を解放した人々を追悼し、その功績に感謝の意を表すためだ。

コンスタンチン・イストミン市長は演説の中で、「私たちの祖父や曾祖父たちは、限りない勇気と不屈の意志によってあの勝利を勝ち取りました。そして今日、現在の情勢下において、我々の兵士たちが『特別軍事作戦』の最前線でロシアの国益を守っています。彼らが早期に勝利を収め、無事に帰還することを祈りましょう。私たち島民にとって、9月3日は常に特別な日であり、これからもそうあり続けるでしょう。ここに住み、島を守る人々には特別な責任があります。私たちは軍と団結しており、それゆえに勝利は常に我々のものとなるのです!」と述べた。

タチアナ・ベロウソワ議長は、歴史上の重要な節目を振り返り、第二次世界大戦の最後の戦いや敵軍の制圧について詳しく語った。「我が国の空挺部隊は40対1という圧倒的な兵力差に直面していました。彼らはわずか343名だったのです。後にブルンシュテイン少佐が報告書に記した通り、択捉島では6,000人の敵兵が捕虜となりましたが、さらに3,000人が陣地に残っていました。彼らを捕虜として連行する人員が、もはや残っていなかったのです。我が国の兵士たちは真に英雄的な偉業を成し遂げました。彼らは未知の地へ降下し、そして永遠の歴史にその名を刻んだのです。彼らは単に島々を我々に取り戻しただけではありません。我々のための『故郷』を築き上げたのです。それから81年、我々が今も暮らしているこの故郷を。この記憶を時代を超えて語り継ぐこと、そして誰がこの地を守り、どのような犠牲を払ってこの平和が勝ち取られたのかを子供たちに知ってもらうことは極めて重要です。勝利をもたらした英雄たちに感謝します。おめでとうございます!」と述べた。
また、エピファニー教会の司祭であるロマン神父や、第18機関銃・砲兵師団の副師団長代理であるウラジーミル・ショルバン少佐も演説を行い、クリリスク中等学校の「ユナルミヤ(青少年軍)」部隊に所属するウリヤナ・エレメンコさんは、戦争に従軍した自身の曾祖父たちについて語った。
「勝利の広場」に集まった約150名の参加者は、黙祷を捧げて解放の英雄たちを追悼し、「永遠の炎」に献花を行った。(択捉島の地元紙「赤い灯台」2026/9/3)






