ウラジーミル・プーチン氏は世界の民主主義諸国に対する「ハイブリッド戦争」において、常に心理戦の側面を重視してきた。8月13日、同氏は日本が長年領有権を主張してきた太平洋上の係争諸島を挑発的に訪問し、この心理戦のキャンペーンを激化させた。(telegraph.co.uk 2026/8/14 Adrian Blomfield)
※telegraph.co.ukは英国の『デイリー・テレグラフ』および姉妹紙『サンデー・テレグラフ』の公式ウェブサイト
1945年にソ連軍が占領して以来モスクワが実効支配する千島列島(クリル諸島)へのプーチン氏の初訪問は、彼自身が設けていた「タブー」の一つを破るものであった。ロシアの大統領である彼は、日本の国民感情に配慮し、これまで意図的に同地への訪問を避けてきたからだ。
イトゥルプ島(日本では択捉島という)の水産加工施設を悠然と歩きながら、プーチン氏は作業員と談笑し、子供を抱き寄せ、イクラを口にした。彼が一歩踏み出すたびに日本政府を挑発していることは、疑いようのない事実だった。

択捉島の水産加工場で製品を試食するウラジーミル・プーチン氏
その挑発は功を奏した。日本の高市早苗首相は、この訪問を「断じて容認できない」と非難し、「日本国民の感情を傷つけるものだ」と述べた。高市氏は次のように語った。「今回の訪問は、日本国内の反ロシア感情をさらに強め、中長期的な関係改善をより困難にするものと言わざるを得ない」
プーチン氏は、日本の感情を逆なでしたという事実に間違いなく満足感を覚えているだろうが、彼のこの策略は単なる心理的な揺さぶり以上の意味を持っていた。それはまた、世界秩序の再編を浮き彫りにするものでもあった。
2022年にロシアがウクライナへの全面侵攻を開始するまで、日本政府は千島列島をめぐる対立を超えた関係構築を模索していた。西太平洋における中国の台頭に対し、両国の利益のために均衡を図ることが得策であるとモスクワを説得できると、日本側は期待していたようだ。
千島列島(北方領土)をめぐる日本の不満は根深いものがある。
1945年、広島への原爆投下から2日後、そして日本の降伏の1週間前に、ソ連は日本に宣戦布告した。この動きの主な動機は、戦後の戦利品を分け前として得たいという思惑にあった。
昭和天皇が降伏を表明してから数日後、ソ連軍は千島列島に侵攻し、翌年には日本人住民を追放した。日本の建物は焼却または取り壊され、通りや村の名前も変更された。現在、この列島には2万1,000人が居住しているが、そのほぼ全員がロシア国民だ。
千島列島
これらの島々は、何世紀にもわたって領有権が移り変わってきた。日本は、そのうちの4島について領有権を主張している。

住民の多くは南側の4島に住んでいるが、高市氏はこれらの島々について、「歴史的にも国際法的にも、本来わが国の領土である」と主張している。
日本が領有権を主張する一方で、プーチン氏は2022年まで緊張緩和を図り、小さな2島を返還して列島を分割するという案さえ持ち出していた。もっとも、領土を返還するどころか奪取してきたロシアの過去の行動を考えれば、その提案が真剣なものだったのかどうかは疑問視されていた。
しかし、双方は現実的な対応をとることの価値を認めていた。2012年から2020年まで首相を務めた安倍晋三氏は、領有権の主張よりも戦略的な現実路線を重視し、ロシアを孤立させれば中国との結びつきを強めることになると説いていた。

ロシアが領土を接収し住民を追放する前、千島列島で働く日本の漁師たち
彼は、中国に対するロシア自身の懸念を利用すれば、モスクワを北京から戦略的に独立させておけると考え、経済的に未発達なロシア極東地域への投資を積極的に行った。また、プーチン氏とも親密な関係を築いた。当時、プーチン氏もまた、中国の急速な台頭に対する日本の懸念をある程度共有していた。
ウクライナ戦争によって、その戦略は崩れ去った。ロシアの侵攻後、日本は西側陣営に明確に加わり、キエフへの支援を行うとともに、それまでは口先だけで済ませていた対ロシア制裁を実際に発動した。
したがって、プーチン氏の訪問は、千島列島に対するロシアの領有権主張を改めて示すものであると同時に、モスクワと東京の間に残っていたかつての友好ムードが過去のものとなったことを告げるシグナルでもある。もはや彼は日本に配慮する価値を見出しておらず、実際、日本は英国と同様の「敵」とみなされている。

ロシアでは「イトゥルプ」と言われる択捉島は、第二次世界大戦後にソビエトが占領した諸島のうち、最南端に位置する4島の一つである
今回の訪問は、同地域における地政学的緊張が高まる中で行われた。ロシアは、南クリル諸島(北方四島)周辺海域で大規模な海軍演習とミサイル実射試験を終えたばかりである。また、ウクライナ戦争においてロシアと協力関係にある北朝鮮も、今週、日本海に向けてミサイルを発射した。
中露の戦略的連携が深まる中、モスクワと北京は日本海および西太平洋における航空・海上での共同パトロールを大幅に強化している。その結果、2022年に銃撃され暗殺された安倍氏が抱いていた懸念が現実のものとなりつつある。中国、ロシア、イラン、北朝鮮から成る「反西側」の軸(「Crinks」とも呼ばれる)が形成されたのだ。

プーチン氏は、日本が領有権を主張する島にある水産施設を視察した
日本政府関係者によると、こうした状況下で、日本は第二次世界大戦後で最も敵対的な戦略環境に直面している。タカ派である高市氏は、高まる脅威に対応するため、日本の軍事力強化を図っている。
彼女は防衛費を大幅に増額し、長射程巡航ミサイルの配備計画を加速させ、ドローンや無人艦艇のための予算を確保した。さらに、中国が台湾に侵攻した場合、日本が「集団的自衛権」を行使する可能性があると示唆し、北京を激怒させた。

択捉島の衛星画像
一方、日本はAUKUS(オーカス)の枠組みの下でオーストラリア、英国、米国との連携強化を模索しているほか、第二次世界大戦後で最も抜本的な国家情報体制の改革に着手している。
ロシアが―パートナー国と連携して―民主主義国家に対する隠密攻撃や公然たる攻撃を行い、ウクライナ紛争を拡大させるかもしれないという西側の懸念を、日本も共有していることは明らかだ。
リスクにさらされているのは西側諸国だけではない。日本政府関係者が繰り返し口にし、事実上の基本方針となっている言葉がある。「今日のウクライナは、明日の東アジアかもしれない」というものだ。


