北千島シュムシュ島(占守島)で英雄たちを称える最大級のプロジェクトの一つである遠征隊「クリル(千島列島)上陸作戦の足跡をたどって」の活動が継続されている。7月6日に開始された遠征には、ロシア国内の25地域に加え、エストニアやベラルーシからも志ある人々が集結した。すでに2回の探索任務が完了しており、3回目となる最終フェーズは8月20日まで実施される。

プーチン大統領の指示により、シュムシュ島には軍事記念施設が建設されている。この大規模プロジェクトの第2段階は2026年に実施される予定であり、国際的な探索遠征はその一環を成す。
現在、シュムシュ島北部、特に「セヴェルナヤ高地(四嶺山、165高地)」周辺で作業が進められている。この地域は、第二次世界大戦の終結直前となる1945年8月、ソ連の空挺部隊と日本軍との間で激しい戦闘が繰り広げられた場所だ。
「シュムシュ島での作業は困難を極めます。高さ2メートルにも及ぶハイマツの密生した茂みが地面を覆い隠しており、その中に英雄たちの遺骨が眠っている可能性があるからです。気まぐれな天候も作業を難しくしています。しかし、捜索隊員たちは、わずかな信号(探知機の反応)も見逃すわけにはいかないと理解しています。その反応の先には、一人の兵士がいるかもしれないのですから。シュムシュ島での遠征は、単なる遺骨の捜索ではありません。それは記憶を継承し、名前を回復し、戦死したすべての兵士に『名前を取り戻す権利』を与えるための活動なのです」と、「ロシア捜索運動」サハリン支部の責任者であるアルチョム・バンドゥーラ氏は強調した。
昨年、国際捜索遠征隊のメンバーは8名のソ連軍兵士の遺骨を発見した。彼らはシュムシュ島の記念施設にて、軍の儀礼に則り丁重に埋葬された。

今シーズン、捜索チームはまだ戦死した空挺部隊員の遺骨を発見できていない。しかし、歴史的出来事の再構築や英雄たちの氏名特定、そして記憶の継承に役立つ数多くの遺物が発見されている。その中には、第101狙撃師団第103独立通信大隊の無線担当であったニコライ・ニキティチ・シフコフ伍長の水筒も含まれている。記録資料の照合により、この遺品の特定と当該兵士の戦闘従事の事実確認が行われた。また、捜索チームは「シマノフ」、「シャポヴァロフ」、「ラヒモフ」という名前が刻まれた飯盒も発見した。
「165高地」では、専門家チームが土に埋もれていた塹壕や陣地跡を発見し、その場所から日本兵2名の遺体が収容された。そのうち1名の遺体からは、認識票と私印が見つかっている。セヴェルナヤ丘陵の斜面では、ソ連兵と日本兵双方の装備品が発見された。

捜索隊は数日間にわたり、空挺部隊が高地へと進撃したルート沿いにあるモルペホフスキー川周辺を調査した。その過程で、日本軍の320mm迫撃砲に加え、飯盒やその蓋、ソ連製無線機の破片、ガスマスク、小型の携帯用シャベル、弾薬、その他の遺物などが発見された。さらに、格納庫からは航空機も発見されており、これらは軍事史記念複合施設の展示に加えられる予定だ。(astv.ru 2026/8/3)


