9月4日、択捉島のクリリスク中等学校で、ウクライナ特別軍事作戦で戦死した同島出身のアントン・ヴィクトロヴィチ・アントノフ氏を称える「英雄の机」が設置された。同校の卒業生であるアントノフ氏は、職業軍人(中尉・砲兵小隊長)として、「特別軍事作戦」地域において祖国を防衛する任務に就き、英雄的な最期を遂げた。「英雄の机」は、1年生が使用する教室に設置され、成績が「良」や「優」であり、かつ品行方正な生徒だけが、この「机」に座ることを許される。
アントン氏の母マヤ・ユーリエヴナさんと妹、そして母親と共に彼を育て上げたアルチョム・アルカディエヴィチ・ポタポフ氏が、「英雄の机」の除幕式に招かれた。コンスタンチン・イストミン市長とヴェロニカ・ロドマキナ副市長も出席し、アントン氏を追悼するとともに、その両親に感謝の意を表した。

アントン氏の母は、困難な時期に家族を支えてくれたすべての人々に感謝の言葉を述べました。「アントンは、戦士として、そして一人の男としての道を自ら選び、祖国を――私たち全員を―守るために旅立ちました。そして彼は、胸を張ってその道を最後まで歩み抜きました…息子の名前が決して忘れ去られることのないよう、どうかあらゆる努力をお願いします。平和な空のために命を捧げた人々に対し、それは私たち全員の務めなのです」と、マヤ・ユーリエヴナさんは集まった人々に語りかけた。
イストミン市長は、この英雄の功績が決して忘れられることはなく、その記憶は末永く大切に守り継がれていくと両親に約束した。

マヤ・ユーリエヴナさんは、息子の正装用軍服の上着と制帽を、永久保存のためにクリリスク中等学校へ寄贈した。それらは学校の博物館に収蔵された。同館にはすでに、アントンに関する写真や文書(勲章や表彰状を含む)を展示したコーナーが設けられている。

展示コーナーには、アントン氏が小学生時代に書いた作文も含まれている。母親が長年にわたり、家族の記録として大切に保管してきたもので、そこには大人になったら必ず兵士になり、国を守ると記していた。アントン氏はその言葉通りに生きた。(択捉島の地元紙「赤い灯台」2026/9/4)



