2026年秋、国後島に生息するヒグマの「銀色」(あるいは灰色=日本では『白いヒグマ』と呼ぶ)という謎めいた体色について、インターネット上で再び議論が巻き起こった。人々は、稀な突然変異やホッキョクグマの遺伝子の混入、あるいは異種交配など、さまざまな説を競うように唱えた。本稿では、これらの主張のうち、科学的根拠に基づいているものはどれか、そして単なる憶測や作り話に過ぎないものはどれかを探っていく。

国後島北部ルドノエ地域にて(2015年10月4日、ヌグザリ・ミカヴァ)
まずは分類学の話から始めよう。ヒグマという種は非常に多様性に富んでおり、多くの亜種に分かれている。広大な地理的範囲に分布していることを考えれば、これは決して驚くべきことではない。クリル諸島(北方四島を含む千島列島)では、ヒグマは列島の北部と南部の両方に生息している。北クリル(北千島、パラムシル島およびシュムシュ島)には、ヒグマのカムチャッカ亜種(学名:Ursus arctos piscator)が生息している。一方、南クリル(南千島)では、国後島と択捉島という2つの大きな島にのみヒグマが生息している。これらのクマは別の亜種、すなわちウスリーヒグマ(学名:Ursus arctos lasiotus)に属しており、これは「エゾヒグマ」(学名:Ursus arctos yesoensis)とも呼ばれる。

国後島北部のヒグマ(2014年5月14日、アンドレイ・ログンツェフ)
ホッキョクグマもまた、ヒグマと同様に多様性に富んだ種である。ロシア国内には、ホッキョクグマの2つの亜種が生息していると考えられている。ホッキョクグマとヒグマは、それぞれ独立した種として約60万年前に分岐し始め、形態、生理、行動の面で異なる特徴を発達させてきた。両者は時折交配を繰り返し、その結果、新たな交雑種が誕生した。そして約12万年前、これら2つの種は完全に分かれた。
注目すべきは、現代のホッキョクグマはすべて、ヒグマとの「二次的な交配」によって生まれた子孫であるという科学的仮説が存在することである。60万年前の最初の分岐に由来する「純粋な」ホッキョクグマの系統は、今日まで生き残っていない。
なぜ、彼らの体毛は白い色をしているのか?
ホッキョクグマの毛には色素がなく、一本一本の毛が中空になっている。この構造により、紫外線だけが透過し、同時に優れた断熱効果も発揮される。
ヒグマの毛色は通常茶褐色だが、その色合いは個体によって大きく異なり、藁のような黄色や淡い黄褐色から、濃い茶黒色まで様々である。ヒグマの集団内や、他のクマの種においても、明るい色(金色や銀色)の個体が見られることがある。こうした明るい体色は、特定の染色体上の遺伝子座における突然変異によって色素の分布が不均一になることで生じる。そのため、この形質は、世界中の明るい体色を持つクマ全体において、一貫した遺伝的パターンに従って受け継がれていく。

明るい体色のヒグマも、濃い色のヒグマと同様に、魚を非常に好む。では、日中の漁において、濃い色のクマと明るい色のクマ、どちらの方がより多くの獲物を捕らえられるだろうか?( 2011年8月、イーゴリ・ボビル)
19世紀後半以降、国後島や択捉島において、非常に明るい体色を持つクマの個体群が確認・記録されてきた。こうしたクマは、上半身や前部が明るい色をしているなど、体全体で色の分布が不均一であるという特徴がある。日本の研究者らは、この体色が、クリル諸島や日本列島に生息するクマにとって進化上の利点となったのではないかと考えている。明るい毛色をもたらした突然変異は、自然選択によって淘汰されることなく、むしろ現地の個体群の中に定着したのである。では、どのような利点があったのだろうか。明るい体色の個体は、暗い体色の個体に比べて、魚を捕らえる能力に長けていたと考えられている。また、アイヌの人々はこうしたクマを狩猟の対象とはせず、むしろ畏敬の念を抱いて崇めていたとされている。さらに、これらの島々には、人間以外にクマを襲う天敵が存在しない。こうした要因が、明るい毛色という形質が島内のヒグマ個体群全体に広まった理由であると考えられる。

蠣崎波響が描いた『夷酋列像』には、北海道東部の厚岸地方のアイヌの指導者であるイニンカリが、2頭の子グマを連れている姿が描かれている。そのうち左側にいる子グマは白い毛色をしている。日本では「イニンカリのクマ」と呼ばれるようになった
「色素の化学工場」における不具合
国後島やクリル自然保護区で見られるヒグマの独特な明るい体色は、『TYRP1』遺伝子における点突然変異が原因である可能性がある。この遺伝子は、暗い色素の生成に関与するタンパク質の合成を調節している。その結果、色素細胞内にある「化学工場」では通常とは異なる反応が起こり、本来の茶色ではなく、銀灰色や黄金色といった珍しい色合いの毛並みになるのである。

白い毛の母グマが、暗い毛色の子グマを連れている。この若いクマの体色は非常にユニークで、頭部と背中は色が薄く、それ以外の部分は濃い色をしている。国後島北部(2019年8月27日、アルトゥール・ムルザハノフ)
孤立と近親交配の罠
ヒグマがいつ、どのようにして国後島や択捉島にたどり着いたのかを正確に特定するのは困難だが、おそらく最終氷期最盛期(約2万5000年前)よりもずっと以前に、サハリンや北海道を経由して陸続きだった場所を渡ってきたと考えられる。さらに、クリル諸島中部は海峡が深く、南北のいずれの方向からも大陸と陸続きになったことはない。これが、クリル諸島中部でヒグマやその痕跡が全く見つかっていない理由である。
南クリル諸島(北方四島)のヒグマ個体群は、しばらくの間、(サハリンや北海道のヒグマを介して)大陸の個体群と遺伝子の交流を続けていた。しかし、約6500年前にイズメナ海峡(野付水道)が形成されたことで、クリル諸島は完全に孤立した。これにより、島外からの新たなヒグマの遺伝子の流入が途絶えたのである。限られた陸地面積と個体数の少なさから、近親交配(近縁な個体同士の交配)は避けられないものとなった。島という閉ざされた環境下で、「銀色の毛並み」という珍しい劣性形質が広まり、定着した。通常、大陸のような大きな個体群では、この形質は優性である「茶色の毛並み」によって隠されてしまうが、ここでは独自の形質として定着したのである。
ハイブリッド…ホッキョクグマの痕跡:遺伝学者たちによる発見
クリル諸島で見られるこの現象に関する現代の科学的調査の歴史は、ロシアと日本の専門家らによる国後島(および一部、択捉島)での共同研究と密接に関わっている(2009年、2010年、2013年、2015年の調査を含む)。この研究は、日本の研究者である大泰司紀之氏と佐藤喜和氏によって始められた。彼らは、クリル諸島のヒグマの一部に見られる特異な明るい体毛は、主に島という隔離された環境がもたらした結果ではないかという仮説を立てた。

白い体毛を持つ成獣の個体。自身の縄張り内の山の斜面から、侵入者を威嚇するように見つめている(2014年5月14日、ヌグザリ・ミカヴァ)
ロシアの科学者たち(A. V. マレフ、I. V. エジョフ、S. E. ベリコフ、A. N. クダクチン、A. R. ムダリソフら)も、2000年代初頭から国後島のヒグマに見られる特異な体色について研究を行っていた。彼らの研究から、国後島のこうした「銀色」のヒグマは、ホッキョクグマとヒグマの交雑種の子孫である可能性が示唆された。ロシアの調査チームは、国後島に生息する数頭のヒグマ(非常に明るい体毛を持つ個体を含む)から生物学的サンプルを採取し、ジェームズ・ケイヒル率いる国際的な遺伝学者グループに提供した。このグループは、地理的に離れた各地のヒグマ集団の中に、ホッキョクグマの遺伝子が存在するかどうかを調査していた。2018年、ジェームズ・ケイヒルらは学術誌『Molecular Biology and Evolution』に、「最終氷期におけるホッキョクグマとヒグマの広範な交雑を示すゲノム的証拠」と題する論文を発表した。しかし、DNAサンプルが採取されたのは現生(現在生存している)の個体からのみであったため、この交雑がいつ、どの程度の頻度で起こったのか、また進化の過程においてどのような意味を持つのかについては、依然として解明されていない。ユーラシアヒグマの現在の系統地理学的構造は、過去15万〜30万年の間に形成された。この期間中、ホッキョクグマとヒグマの生息域が重なる地域において、両者の交雑が発生した。この古代の遺伝子流動は(ヒグマからホッキョクグマへ、そしてホッキョクグマからヒグマへと、おそらく双方向で)起こったと考えられ、それによって各集団に新たな対立遺伝子(アレル)が加わり、ゲノムの可塑性が高まった。これが、「TYRP1」遺伝子をはじめとする高い変異性の遺伝的基盤となっている。
特筆すべきは、米国で行われた近年の遺伝学的研究(全ゲノム解析を含む)によって、北米のヒグマのほぼすべてが、そのゲノムの3%から8%をホッキョクグマの祖先に由来するものとして保持していることが明らかになった点である。もっとも、これは今や新しい発見というわけではないが……。

国後島の太平洋沿岸。中間的な体毛色を持つヒグマ。体の前部が明るい色をしており「銀色」がかった個体と似た特徴を示している(2023年9月19日、アナスタシア・ツィデンコワ)
国後島の記録保持者:ホッキョクグマ由来の遺伝的成分が12.7%。
国後島のヒグマ集団は、ホッキョクグマの祖先由来の遺伝的成分の存在が確認された、アジア初のヒグマ集団である。前述の研究では、国後島のヒグマから採取された遺伝的サンプルが用いられ、個体にはそれぞれ「Kunashir-1」および「Kunashir-2」という名称が付けられた。全ゲノム解析の結果、ホッキョクグマ由来の遺伝的成分の割合は、集団内で一様ではないことが判明した。「Kunashir-1」のゲノムには約4%のホッキョクグマ由来の遺伝的成分が含まれていたが、「Kunashir-2」という個体(非常に明るい体毛色をしているのが特徴)では、記録的な高さとなる12.7%ものホッキョクグマ由来の遺伝的成分が確認された。
イントログレッション(浸透交雑)とは、ある種が別の種と交雑し、その雑種の子孫がさらに元の種と交配を繰り返すプロセスを指す。これにより、一方の種のDNAがもう一方の種のゲノムへと「浸透」し、そこに恒久的に定着して、次世代へと受け継がれていくことになる。
本研究以前、ホッキョクグマからヒグマへの遺伝子浸透の記録は、アラスカのアレクサンダー諸島に生息するヒグマによるものだった。これらのヒグマのゲノムには、ホッキョクグマ由来のDNAが最大8%含まれていることが判明していた。対照的に、ヨーロッパ大陸やシベリアのヒグマには、こうした遺伝的痕跡はほとんど見られない(ほぼ0%である)。これより高い数値(最大21.5%)を示したのは、氷河時代のアイルランドで見つかった古代のクマの化石のみである。このことから研究者らは、本研究で調査したヒグマ集団の祖先が、最終氷期にホッキョクグマと交配していたと結論づけた。
遺伝子浸透の程度は、個体群の隔離の度合いと関連している(新しい遺伝子の流入に対して個体群が閉鎖的であればあるほど、個体における遺伝子浸透の割合は顕著になる)。しかし、偶然の突然変異や自然選択も関与しており、最終的な結果はこれらすべての要因が複雑に絡み合って決まる。

国後島太平洋沿岸チャチナ川(音根別川)の河口付近の白いヒグマ(2011年8月2日、アナトリー・ミリチキン)
「グローラー」や「ピズリー」とは何か?
2026年にクマに関する話題が注目を集める中、一部のメディアでは、ロシアにおけるホッキョクグマとヒグマの交雑個体(ハイブリッド)の出現について取り上げられている。しかし実際には、野生下で公式に記録された交雑個体は、世界中でわずか8例しか存在しない。それらはすべてカナダの北極圏で発見されたもので、1頭のメスのホッキョクグマと、2頭のオスのヒグマ(亜種グリズリー)の間に生まれた個体である。
父親がグリズリーで母親がホッキョクグマである交雑個体は、「グローラー(grizzlyとpolarを組み合わせた造語)」と呼ばれる。逆に、父親がホッキョクグマで母親がグリズリーであるものは、「ピズリー(polarとgrizzlyを組み合わせた造語)」と呼ばれる。
野生下における「ピズリー」の存在は、現時点では確認されていない。オスのホッキョクグマとメスのヒグマ(必ずしも亜種グリズリーとは限らない)の交配は、動物園などの飼育下でのみ確認されている。例えば、2004年にはドイツの動物園で2頭の交雑個体が誕生した。父親はオスのホッキョクグマ、母親はヨーロッパ亜種のメスのヒグマであった。こうした交雑個体も、慣習的に「ピズリー」と呼ばれている(母親は「ピズリー」という名称の由来となったグリズリーではないにもかかわらず)。
現時点では、ロシア国内において、こうしたクマの交雑個体が確認されたという報告はない。とはいえ、ヤクーチア北部など、ホッキョクグマとヒグマの生息域が重なる地域では、交雑個体が出現する可能性は十分に考えられる。さて、クリル諸島の話に戻ろう。

国後島南部のヒグマの母子。ともに体の前部が白い(2023年6月11日、ミハイル・ラギモフ)
北極からの漂流者:流氷に乗ったホッキョクグマという「神話」が、海流図によって否定される理由
ホッキョクグマが流氷に乗って、北極からクリル諸島まで漂流してくる――現在であれ、あるいは近過去であれ、そのようなことがあり得るという説は、海流図などによって否定される。
ホッキョクグマの生息地であるチュクチ海沿岸、ベーリング海峡、ウランゲリ島といった地域は、南クリルから2,000キロメートル以上も北に位置している。チュクチ海やベーリング海峡の氷がオホーツク海に流れ込むことはなく、クリル諸島に沿って南下することもない。カムチャツカ半島の東岸を流れる強力で冷たい「カムチャツカ海流」は、オホーツク海を避けるようにして太平洋へと向かう。一方、日本海から宗谷海峡を通って流れてくる比較的温暖な「宗谷暖流」は、南クリル沿岸を洗うように流れており、北極圏からの氷の到達を阻んでいる。このため、北極圏の動物が流氷に乗って、受動的にこの地域までたどり着くことは不可能なのである。
北極圏と国後島の間には、広大な海域が広がり、さらにカムチャツカ半島やクリル諸島全体が横たわっている。ホッキョクグマは確かに泳ぎに長けているが、2,500キロメートルという距離、しかも海流に逆らって泳ぐとなれば、彼らにとって克服不可能な道のりである。
ただし、流氷に乗ったホッキョクグマが、カムチャツカ半島の東岸にたどり着いた例は過去にいくつか存在する。しかし、陸に上がると、彼らは本能的に向きを変え、北極圏のチュクチ地方など、慣れ親しんだ寒冷な環境へと戻ろうとする。南クリルや亜熱帯地域の方へ向かおうとした記録は一切ない。これは当然のことと言える。ホッキョクグマは、寒さと氷に覆われた北極圏の過酷な環境に適応した動物なのである。

国後島の「白い」のクマはアルビノでもホッキョクグマでもない。彼らはヒグマであり、遺伝的な要因によって、暗い色の色素の生成が抑えられているのである(2019年8月27日、アルトゥール・ムルザハノフ)
南クリル諸島:自然の実験が織りなす、繊細な結末
これまで、クマに関するいくつかの俗説や憶測について触れてきた。最後に特筆すべきは、新たな遺伝的要素の流入がない「孤立した環境」において、自然な進化の変容が鮮明に現れることがあるという点である。こうした個体群は、国後島をはじめとするクリル諸島の各地で見ることができる。
まとめ:
◉先史時代には、ホッキョクグマとヒグマの交雑が比較的広く行われていたようである。これは遺伝学的研究によって裏付けられている。しかし時が経つにつれ、これら2種のクマは系統発生学的に大きく分化していった。
◉今日、交雑が起こるのは、両種の生息域が重なる場所において、極めて稀なケースに限られる。
◉南クリル諸島において、現代のクマの種間交雑は起こり得ない。ホッキョクグマ(あるいは他の種のクマ)が偶然この地域に迷い込む可能性がないからである。国後島のヒグマに見られる銀色がかった毛色は、島という孤立した環境に関連している。この環境が、特定の色の突然変異を「引き出し」、維持し続けているのである。
国後島には、連邦レベルの自然保護区である「クリル自然保護区」が設置されている。ここは、人間による干渉を受けることなく、自然が複雑な実験を行うための理想的な環境である。私たちにできることは、こうした自然のプロセスを乱さないようにし、島々の繊細でユニークな自然界を、次世代へと守り伝えていくことである。
もしかすると、類まれな美しさと独特の微気候、そして火山景観を持つクリル諸島は、新たな種分化の拠点となるかもしれない。そしていつの日か、「クリル・シルバー・ベア(クリル銀色ヒグマ)」とでも呼ぶべき、ヒグマのユニークな新亜種が誕生する可能性もある。

「観察するような姿勢」をとる白いヒグマ(2024年9月13日、アレクサンドル・ヤコヴレフ)

「観察ポーズ」をとるクリル諸島のヒグマ。後ろ足で立ち上がり、背筋をいっぱいに伸ばしている。クマは視力が弱いため、周囲の様子をよく見たり、対象物を調べたり、あるいは匂いを嗅いだりするために、後ろ足で立ち上がることがある(2023年7月7日、ミハイル・ラギモフ)

国後島南部のオホーツク海沿岸で「草を食む」典型的なヒグマの家族(2024年7月21日、ミハイル・ラギモフ)

個体群の大部分は、島内の日陰の多い混交林で完璧なカモフラージュとなる伝統的な濃い茶色の毛並みをしている(2013年5月8日、マクシム・アンティピン)

なんと立派な耳!国後島には、「耳が大きい」と言いたくなるような若いヒグマがいる。換毛期や急成長期には、耳の毛が他の部位ほど早く抜け落ちないことがあるため、成長途中のクマは一時的に、体に対して耳が不釣り合いなほど大きく見えることがある(2016年7月19日、ヴァディム・プロタセヴィチ)

国後島南部。母グマと、ほぼ成獣に近い大きさの2頭の子グマ(2026年7月6日、エレナ・シマンスカヤ)

魚の廃棄物捨て場に食事にやってき毛色が明るいヒグマ(2011年8月11日、アレクサンドル・ブダエフ)

「2つの色を持つ」ヒグマ(2017 年 11 月 2 日、アンドレイ・シャプラン)

国後島のヒグマの親子(2017 年 5 月 13 日、エフゲニー・コズロフスキー)


