プーチン氏が日本との対立を再燃させる中、板挟みになる町〚根室〛

北方領土返還運動
得能宏(92歳)は、第二次世界大戦末期にソ連軍が島々を占領した時11歳だった

日本・根室からの報告

日本の北端にある漁港の町、根室。ある美しい夏の日に、そのニュースは瞬く間に広がった。ロシアのウラジーミル・V・プーチン大統領が、力を見せつけるかのように、日露双方が領有権を主張する近隣の島々を電撃訪問したのだ。(ニューヨークタイムズ2026/9/21 記事要約版)

根室市役所では、石垣雅敏市長が懸念を抱いていた。この町の住民は数十年にわたり、プーチン氏が訪問した雪を頂いた島々に対する日本の領有権を主張する活動を続けてきた。愛国心を掲げた博物館や、「返せ!」と訴える看板、記念碑などがその象徴だ。

しかし、北海道にある根室は、貿易や漁業権の面でロシアに依存してもいる。そのため石垣市長は、対立の激化が地域経済に打撃を与えかねないと危惧していた。

「日露間で摩擦が生じると、その痛みは即座にここ(根室)に及ぶのです」と、彼は市役所の執務室で語った。晴れた日には、遠くにその係争中の島々を望むことができる場所だ。

「日露間で摩擦が生じると、その痛みは即座にここ(根室)に及ぶのです」と語る石垣雅敏市長

日本で「北方領土」、ロシアで「南クリル諸島」と呼ばれるこの諸島をめぐる争いは、1945年に第二次世界大戦の終盤、モスクワが日本からこの領土を占拠して以来、くすぶり続けている。日本は長年にわたり、居住者がいる4島のうち少なくとも2島の支配権を放棄するようロシアに求めてきた。しかし、モスクワ側はこれに応じず、両国は戦争を正式に終結させる平和条約をいまだ締結していない。

今、プーチン氏がこの問題を再び持ち出した。専門家によれば、これは日本のタカ派首相である高市早苗氏に圧力をかけるための動きだという。

日本の多くの地方都市と同様、根室市も長期にわたる人口減少に苦しんできた。現在の人口は、1960年代のピーク時(約5万人)の約半分にまで落ち込んでいる。サケ・マス漁に対するロシア側の規制や貿易の縮小によって経済が打撃を受ける中、多くの若者が仕事や進学のために東京などの都市へ流出していった。

かつて根室には多くのロシア人船員が訪れていた。その名残で、地元の学校では今もロシア語が教えられており、かつて冷蔵庫やオーブン、自転車、スマートフォン、テレビなどを求めてやって来たロシア人客向けの店も存在する。根室の港には、色あせたキリル文字で書かれたポスターが今も掲げられており、そこには「外国人船員の皆さん!安全な航行を心がけてください!」といったメッセージも記されている。

しかし、近年は日露関係の悪化に伴い、ロシア人の来訪が激減した。その結果、根室の飲食店やバー、水産加工業者の経営に打撃が及んでいる。それでもなお訪れる人々――ウニやサバ、昆布などを売りに来る人々――にとっては、寂しさを感じる状況となっている。

「まるで自分たちが最後のロシア人になったような気分だ」と、船の修理のために根室に寄港していたロシアの港町ホルムスク出身の船員、アレクセイ・ドゥドカさんは語った。「今のここはゴーストタウンのようだ」

「不当に奪われた家」

ロシアとの結びつきがある一方で、根室は長年にわたり、デラウェア州ほどの面積を持つ係争地の島々を奪還しようとする日本の取り組みの最前線に位置してきた。町には「北方領土は日本固有の領土である」と訴える愛国的なポスターがあふれている。博物館では、日本とこれらの島々との長年にわたるつながりを証明する古文書や地図が展示されている。日本は、これらの島々に対する領有権の根拠を17世紀にまで遡って主張している。

根室におけるこの愛国的な運動は、伝統的にかつての日本人島民によって主導されてきたが、その数は減少の一途をたどっている。第二次世界大戦末期にソ連によって追放された当時は約1万7,000人だったが、現在、日本国内に存命の元島民は約4,700人にとどまり、その平均年齢は約90歳となっている。

得能宏さん(92歳)は、ソ連軍が島々を占領した1945年当時、11歳だった。ソ連の人々と短期間ながら共に生活し学んだ後、彼と親族は、島に入植してくるソ連人家族に家を明け渡すために強制収容所へと送られた。1947年、彼らは北海道への帰還を許された。

得能さんは、プーチン氏について「ある種の狡猾さや抜け目なさを持って動いている」と評し、日本はロシアに対して毅然とした態度で臨むべきだと語った。しかし同時に、「将来的に関係を改善し、いつか再び機運を高めるための余地も残しておかなければならない」とも述べた。彼は、根室の若い世代がこの問題を取り上げなければ、関心が薄れてしまうのではないかと懸念している。彼らには「異なる考え方」があるのではないかと案じているからだ。

地元のスーパーマーケットの外で、学習塾講師の女性(Natsumi Nishita, 34歳)は、この領土問題について、根室の年配の人々と同じような「熱量を持つのは難しい」と語った。経済など、もっと懸念すべき重要な問題があると指摘した。

「プーチン氏がやったことは、単に起きた出来事の一つ、つまり政治的なアピールに過ぎません」と彼女は言った。「ここの人たちは、それを大したことだとは思っていません」

根室市の石垣市長は、あの島々は日本にとって「逃した好機」だと感じていると語った。もし日本が島々を管轄していれば、漁業や水産加工業などの活動から年間約4億6,200万ドルの収益を生み出せた可能性があると、市は試算している。

「生きているうちにこの問題を解決したい」と、石垣市長(75歳)は語った。

高市氏は、プーチン氏の訪問をめぐってモスクワに制裁を科すことは控えてきた。日本は戦争に伴う深刻なエネルギー問題への対応を迫られているためだ。日本は液化天然ガス(LNG)の約10%をロシアから輸入している。

高市氏が属する政権は今年初め、欧州の同盟国からの異論はあったものの、プーチン氏との関係改善や、モスクワとの貿易・文化交流の再開に関心を示していた。しかし、プーチン氏の訪問はそうした取り組みに疑念を抱かせるものとなった。

「ロシアは、相手側が一方的に譲歩しても、それに応じた対応をしない傾向があります」と、テンプル大学(東京)の政治学教授ジェームズ・D・J・ブラウン氏は指摘する。「むしろ、さらに圧力を強めてくるのです」

根室市では毎年、島々に埋葬された先祖を追悼する式典が開かれている。かつてこうした儀式は、モスクワの許可を得て、係争地にある墓地で行われていた。

しかし、日本が2022年にロシアへの制裁を科した後、プーチン氏がこうした訪問を停止したため、現在は海上で執り行われている。

島々に埋葬された先祖を追悼する洋上での慰霊式に向かう船

今月のある荒天の朝、係争地で生まれ、現在は退職して活動家として過ごす児玉泰子さん(81)が、式典に参加するためにフェリーに乗り込んだ。

「えとぴりか」と名付けられたその船上で、彼女は両親や祖父母のために祈りを捧げ、追悼の花を手向けた。彼女は故郷を偲ぶため、島から持ち出した2つの黒い石をハンドバッグに入れている。1947年、3歳の時にその地を離れた彼女は、今でも現地の昆布の香りを覚えているという。

「私たちの家は不当に奪われました」と彼女は語った。「私たちは心からの思いを訴え続けなければなりません」

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